2025年、音楽プロデューサーのALYSAが立ち上げたクリエイティブレーベル「O21(オートゥワン)」が本格始動を迎えた。レーベルの第一弾アクトとしてデビューが発表されたのは、クリエイティブガールグループ「Ettone(エトネ)」。ファッション、ビジュアル、サウンド、そしてステージングまですべてを「音楽」を核に一貫してプロデュースするという、これまでの日本のガールズグループとは一線を画すクリエイティブ志向のプロジェクトだ。
そんなEttoneのデビュー発表と並行して、ALYSAはある人物と特別な対話の機会を持った。その相手とは、HYBEのインハウスプロデューサーとしてBTSやTOMORROW X TOGETHER(TXT)などを手がけ、現在は自身の拠点「Vendors Production」を率いるEL CAPITXN(エル・キャピトン)。K-POPの隆盛を現場の中心で体感してきた彼と、日本と韓国の音楽シーンを横断して活動するALYSAは、2025年の「Japan Music Awards」ライティングキャンプで初めて言葉を交わしたという。
この二人が音楽という共通言語を通して交わすのは、「K-POPの隆盛」や「アジアの音楽シーンの未来」といった大きなテーマに対する評論ではなく、むしろ日々現場に立つソングライター/プロデューサーとしての実感や姿勢についてだ。作品の構想段階からステージ演出に至るまでアーティストとどのように向き合うか、若手育成において何を大切にするか、そして今後の産業構造の中でプロデューサーが果たすべき役割とは——。本インタビューでは、華やかなヒットの裏側にある創作のリアリティと、創り手たちが抱く「未来への希望」を静かに、しかし力強く紡いでいく。
ーお二人が知り合ったきっかけは?
ALYSA:きっかけとしては、今年のJapan Music Awardsで出会ったことですね。そこにいた韓国のプロデューサー陣のなかでも、EL CAPITXNとはすごく自然に会話が始まって。音楽だけじゃなく、音楽業界全体に対する視点にも共感するところが多くて、すぐに「これは話してみたいことがたくさんあるな」って感じたんです。
EL CAPITXN:クレジットでお互い名前だけは知っていたんです。そして京都で初めてALYSAさんと会うことになりました。
普通は一緒に曲を作ってからその後にゴハンを食べたり、お酒を飲んだりすることが多いのに、でもヌナ(※お姉さんのこと)とはなんていうか……(まだ曲も一緒に作っていないのに)ゴハンを一緒に食べたんです(笑)。なのでそれが(自分にとっては)新しい経験でしたね。ALYSAさんはまるで本当の姉のように、面倒をよく見てくれるんです(笑)。
ーELCAPITXNさんは、普段の楽曲制作において、どのようなグローバル戦略やサウンドデザインを意識されていますか?
EL CAPITXN:アーティストが誰であってもそこに対して何か考えるというより、これを言葉で説明するのが少し難しいんですが、僕はただ「人々が好きそうな曲を書く」のが全てだと考えています。そうしているうちに、本当に運の良いことにBTSの曲を書くことになって、さらにSUGAとも密接な関係で曲を作るようになったんだと思います。僕は元々とても大衆的な(ポピュラーな)曲が好きなんです。それはつまり人々が高い確率で好きだな、と思う曲を自分も好きだということになりますよね。僕が曲を作る時は、まず自分がその曲を好きでないといけないと感じています。
ALYSA:EL CAPITXNさんにとって大切な音楽ルーツはなんですか?
EL CAPITXN:たった一つあるんですが、BIGBANGです。BIGBANGは僕にとって本当に本当に唯一、そして初めて「僕も曲を作りたいな」と感じさせてくれたアーティストです。実際、メンバーのG-DRAGONとプロデューサーのTeddyの二人を見ながら作曲を始めました。僕がこれまで書いてきた曲を聴くと、(二人の)雰囲気が自分でも気づかない間に入り込んでいるかもしれないな、とも思います。
― ALYSAさんはK-POPにおけるプロデューサーの役割ってどういうものだと認識してますか?
ALYSA:私がK-POPの楽曲を書き始めた頃って、いわゆる”コンペティションベース”の制作が主流だったんですよね。今でももちろん多いんですけど、当時は特にそうで、たくさんの曲の中から1曲を勝ち取るという、完全な競争スタイルだったと思います。
でも、それが少しずつ変わってきたのが、BIG HIT(現HYBE)がインハウスプロデューサー体制を本格的に取り入れ始めた頃じゃないかなと感じていて。そのあたりから、単発で曲を納品するのではなく、ひとつのグループに専属のプロデューサーがつくような動きが見られるようになったと思います。まさにEL CAPITXNさんのような存在が、TXTやBTSのようなグループに深く関わって、メンバー一人ひとりの魅力を理解したうえで、彼らにしか歌えない曲を一緒に作っていく、そういう体制ができていったんですよね。
もともと欧米では、アーティストとプロデューサーが二人三脚で作品を作る文化が根付いていると思うんですけど、そのやり方がK-POPにも浸透して、むしろ今ではより発展的に機能しているんじゃないかなと思います。もちろん、YG ENTERTAINMENTのように以前からそういった方向性でやっていた会社もありますが、ここ数年でその流れがより顕著になったと感じています。
一方で、日本の音楽シーンには、まだその文化が根付ききっていない印象があります。グループのコンセプトからメンバーの特徴まで深く理解したうえで、音楽や演出をプロデュースするというスタイルがあまり一般的じゃないんですよね。でも、だからこそ、そういう体制を日本でも構築していくことが、次のレベルに進むためには必要なんじゃないかと考えています。
私がレーベル「O21」で取り組んでいるアーティストのEttoneでも、まさにそのモデルを目指していて、メンバーの声やキャラクターに合わせた楽曲づくりを最初から意識して取り組んでいます。そうしたプロデューサー主導のあり方が、日本でもひとつの”新しい標準”になっていけばいいなと本気で思っています。
Vendors Production創設の理由、Ettoneに伝えていること
― EL CAPITXNさんはご自身のプロダクション「Vendors Production」を運営されていますよね。
EL CAPITXN:僕が表舞台での活動を終えて、プロデューサーとしての道に進んだとき、当時、まったく同じような経験をした友人と「自分たちで音楽ができる場所を持ちたい」と話すようになったんです。その頃の僕たちには、ただ”音楽をやりたい”という気持ちがあって、それを実現できる自由で柔軟な場所を必要としていました。でも、いくら探しても、そういう空間がなかなか見つからなかった。だったら、自分たちで作ろう——そんな想いからVendors Productionは生まれました。
その後、ありがたいことに僕たちの音楽や姿勢に共感してくれる仲間やアーティスト、スタッフ、そしてファンの方々が増えていって。そうした人たちに支えられているうちに、自然と”責任感”のようなものが芽生えてきたんだと思います。
今では、自分たちの活動が誰かのキャリアや夢に繋がっていくこともあるし、それを支えられる存在でありたいとも思うようになりました。でも、根本にある「音楽を楽しむ」という感覚——それだけは、立ち上げ当初から今も変わらずに大事にしています。それが、僕にとっての音楽の出発点であり、Vendorsの軸になっていると思っています。
ALYSA:仕事になると楽しくやるのが大変な時もあるじゃないですか。そんな時はどうしていますか?
EL CAPITXN:それはしょうがないことだと思います。
ALYSAさんも同じだとは思いますが、僕らは最初、楽しいから音楽を始めたわけですよね。でも仕事が多くなると「音楽として楽しんでいた」時のように出来なくなるわけで。ただし「仕事が増えた」=「成功した」のだから、それは幸せなことです。なぜそう考えるかと言うと、仕事が全く無い時があったわけですよ。ALYSAさんにもそういう時期はあったと思うし、それは僕も同じで。当時のことを思えば、「これ(仕事が多いこと)も幸せなことなんだよな~」って思って(笑)、自分でマインドコントロールをしますね。
ー若手アーティストの育成において、どのような取り組みをされていますか?
EL CAPITXN:(後輩に対する考えが)明確にあります。僕は歌手としてキャリアのスタートを切り、その後プロデューサーをやることになりました。最初は自分が小さく感じました。レコーディングで歌ってOKが出たら終わりではなく、その後に一人で朝まで寝ないで作業をすることもある。そんな立場に自分が置かれることになり、とにかく耐え続けました。本当に……長い間。
耐えて、諦めずにやっていたら少しずつ道が見え始めて、(だからこそ)今の結果を出せたと考えています。
だから、音楽が上手い・下手だとかいう部分よりも僕が一番重要だと考えることは「どれだけ耐えることができるのか」「どれほど我慢ができるのか」「不平・不満を言わずに(耐えられるのか)」。こういった部分を(僕は)見ているんだと思います。それがあってこそ、音楽を長く続けられると感じるからです。
ーALYSAさんはEttoneのプロデューサーとして、どんなことをアーティストに対して教えていますか?
ALYSA:まず一つ目は、「健康的にアーティスト活動を全うすること」。Ettoneはまだまだ若い女の子たちですから、外見的なことを無理に変えようとしないでほしい、というのが大前提にあります。例えば過度なダイエットを求めたりは絶対にしません。本人たちの体も心も、親御さんや育ててくれた人たちがこれまで守ってきたものだから。
二つ目は、「スタッフさんへの敬意を忘れないこと」。これはEL CAPITXNさんも話していたことにも通じますが、現場には自分が見ている以上に多くの人が関わっていて、自分の入りの何時間も前から準備して、帰ったあともずっと片付けをしてくれている。マネージャーさんを「荷物を持つ人」として見てしまうのではなく、”同じチームの仲間”として接してほしい。
私自身、水を運んだりすることもありますが(笑)、マネージャーさんからは「運ばないでください」と止められることもあって。
それは、プロデューサーという立場上、アーティストにそういう姿を見せて欲しくないからなんです。でも、逆に言うと「その姿勢こそを見せるべきなんじゃないか」とも思ったりして、葛藤しています(笑)。
ーEL CAPITXNさんはご自身のアーティスト経験が今の活動に役立ったと思う部分はありますか?
EL CAPITXN:本当にたくさん助けになっています。いくつかあるんですが、その中でも一番役立ったことは、(自分は)ステージでずっとプレイをしていた人じゃないですか、ステージが(頭の中で)描けるというのが僕の一番大きい長所だと思います。作曲家たちももちろんステージを想像しながら曲を書くことは出来ますが、ステージの上に上がったことはないじゃないですか。ステージの上から見つめるアーティストだけの世界があるので、その部分まで見れる(考えられる)というのが僕にとっては大きい武器として作用したなと思います。
Photo by Rolling Stone Japan
O21に込めた制作思想、次世代へのメッセージ
ーEL CAPITXNさんはレコーディングまわりの仕事以外にも、ライブの現場でサウンドのディレクションをやることもあるそうですね。
EL CAPITXN:サウンドディレクションというと何か難しいもののように感じられるのですが、実はとても簡単なことなんですよ。例を一つ挙げると、僕がコンソール部分で観客になったつもりでサウンドチェックをするんです。僕が観客だったら最良のクオリティで音楽を聴きたいはずじゃないですか。僕らがいつも聴いている音楽が、何か環境的な問題で少し違って聴こえたりすると、お客さんがガッカリしてしまうかもしれない。だから、その場所にとって最適なサウンドをお届けできるように、いつも努力しています。
ALYSA:リハーサルで客席に誰もいない空間と、本番の時の空間って環境がガラッと変わるじゃないですか。そのバランスの調整はどうしているんですか?
EL CAPITXN:ある程度、予想しないといけないですよね。お客さんが入って来る前はとても音が響くはずです。音が跳ね返る部分が多いですから。でも人々でいっぱいになると、今度は音が跳ね返らなくなる。ALYSAさんも知っていると思うんですが、ルームアコースティック(※部屋の広さや形、壁や床の素材などが音の響きに与える影響)の考え方ですよね。その概念で予想をするんですが、やっぱり現場ならではの感覚や勘も必要になってくるので、自分も今なお勉強中です。
ープロデューサー業だけでなく、いろんな仕事をされていますが、人から「職業はなんですか?」と聞かれたらEL CAPITXNさんはなんて答えますか?
EL CAPITXN:これは僕の悩みなんですよ。いろんな仕事をしていますが、違うことではあるものの全て(自分が)やりたいことです。僕のInstagramだけ見ていただいてもそれが分かると思います。「この人はインフルエンサーなの? それともVendorsProductionの代表? DJなの? それとも作曲家? でも昔は歌手もやってるし、どこかのYouTubeにも出てる」って(笑)。なので僕は「何をされている方ですか?」と誰かに聞かれたら「僕はプロデューサーです」と今は答えますが、将来どうなるかは分かりません。
ーALYSAさんもソングライターであり、プロデューサーであり、レーベルヘッドでもあり、多数の肩書きを持つポジションにいるわけですが。
ALYSA:私としては「音楽を真ん中にして」すべてのビジョンを形にしているだけ、という感覚なんです。「O21」というレーベルの中で私が手がけていること――たとえばMVのコンセプトや、アーティスト自体の方向性、もちろん楽曲の制作、CDのパッケージデザインや中に入れるブックレットの構成、そしてグッズ(MD)の企画も含めて――すべてが「音楽を核にして生まれているもの」なんですね。
それらは全部、アーティストと一緒に作っているものであって、私が”上に立って指示している”というよりも、共にビジョンを共有しながら、一つひとつのアウトプットに落とし込んでいるだけなんです。だからレーベルヘッドという肩書きも、「やっていることのひとつの結果」にすぎないという感覚でいます。
よく「活動が多岐に渡っていますね」と言われるのですが、私の中ではすべてが繋がっているんです。例えばDJとしての活動、アーティストとしての表現、プロデューサーとしての視点、それらすべての活動の軸にあるのは”音楽”です。だから「この活動は自分の何なのか」と迷うことがない。むしろ、音楽という一本の芯がすべての活動を結びつけてくれているので、それぞれがバラバラになることはありません。
たとえば、Ettoneのデビューにおいても、私は彼女たちの世界観や表現力を最大限に引き出せるよう、楽曲の構造はもちろん、衣装、アートワーク、パフォーマンス、ヴィジュアルイメージまで一貫してプロデュースしています。けれど、それは「音楽を届ける」という一点に収束していて、すべての表現はその延長線上にあると思っています。
だからこそ、「私は何者なのか」と悩むことはないし、肩書きがいくつあっても、すべてが”音楽”という一つの柱から派生している限り、自分の芯がブレることはないんです。
ー次世代のプロデューサーを目指している人たちに向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。
EL CAPITXN:そうですね。「連絡ください」ではどうですか?(笑)。僕は「自分がどんなプロデューサーか」ということについて考えた時、「歯をグッと食いしばって耐えたプロデューサー」だと感じるんです。諦めずにやっていると少しずつ道が見えてくる、という話が本当に嘘ではないと教えてあげたいです。だから、あまりに物事が上手く進まずどこに行けば良いか分からない時、僕たちがそれを教えてあげられるから「連絡してください」という意味でお話ししたんです(笑)
ALYSA:私自身、今「プロデューサー」という肩書で語られることが多いのですが、実際には職業作家としての側面がまだまだ強いんじゃないかと感じることがあります。日本でも韓国でも、そういう”職業作家的なプロデューサー”が多いのが現状だと思います。つまり、楽曲を書いたら、あとは制作陣にバトンを渡して終わり。アーティストと深く関わることが少ないというか、関われない構造になっている。
このやり方が効率的ではあるんです。でも、そこに”思い入れ”がなければ、やっぱり本当の意味でのヒットは生まれにくいかもしれないとも感じます。特に日本で仕事をするようになってから、それを強く感じるようになりました。
今回、私が手がけているEttoneでは、育成の段階から入っています。それがすごく幸運だったと思っています。これまで大人の都合や社会構造のなかで夢を諦めざるを得なかった子たちを、たくさん見てきました。だからこそ、今度こそはその”構造自体”を変えていかないといけない。
もちろん、現実にはお金が関わってくるし、システムの改革は簡単なことではありません。でも、一度「この子たちを預かる」と決めたのなら、そこには責任が生まれる。その責任を果たすには、プロデューサーがアーティストの”そばにいる”必要がある。だから、プロデューサーという職業自体の定義や役割を、ちゃんと再構築していく必要もあるのではないかとも思います。
そして、そのプロデューサーが「グループを一つ立ち上げる」「誰かをデビューさせる」ためには、確固たるビジョンが必要です。周囲との意思疎通もそうだし、アーティストに対しても「この方向に進もう」と説得力を持って語れる人間でないといけない。
あと、これはとても大事なことだと思うんですが、”真っ直ぐであること”も欠かせません。人間だから間違うことはあります。でも、自分の欲や利害だけで動いていると、それは必ず周囲に見抜かれます。だからこそ、プロデューサーは神様ではなく、現場にちゃんと降りてきて、チームと同じ目線で仕事をする覚悟が必要だと思うんです。
今の日本では、まだまだ「曲を書いて終わり」「はい次のコンペ」という流れが主流です。でもそれを変えるには、まず”職業作家”と呼ばれる側のマインドセットを変えていく必要がある。そのうえで、「このマインドの変化に投資する価値がある」と、資金を出す側に納得してもらえるような説得や対話も必要です。そうやって少しずつ、作り手と産業の在り方が結びついていくことが、今後の日本から”本物のヒット”を生むために不可欠なんじゃないかと思っています。
私がいま「O21」でやっているのは、そのための第一歩です。これがきちんと形になれば、「こういうやり方も成立する」と証明できる。その成功が、新たな”真ん中に立つ覚悟を持った人”を生み、別のチームやレーベルとの協働にも繋がっていく。だから私は、今ここで自分にできることを着実にやっていきたい。次世代の人たちに伝えられることがあるとすれば、それは”希望はある”ということかもしれません。
ーありがとうございます。お二人の共作も期待していいでしょうか?
ALYSA:すぐにやります!
EL CAPITXN:はい!
Photo by Rolling Stone Japan
ALYSA オフィシャルInstagram
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EL CAPITXN オフィシャルInstagram
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O21 オフィシャルホームページ
https://o21-label.com/
Ettone オフィシャルホームページ
https://ettone.o21-label.com/