暴き出すのではなく解き明かす。コシンスキーの根底には、人の手によって作られる優れた仕組みに対する深い敬意がある。精巧な時計の製造工程を捉えたドキュメンタリー映像を想像して欲しい。その複雑な内部機構を組み立てる技術を目にしても、時計の価値は些かも減じることがない。かえって、その緻密さとこれを実現する人間の手の御業というべきものに掛け替えのない価値をひとは見出すものだ。
コシンスキーの映画は、メカニズムについての映画だ。冒頭に『トップガン マーヴェリック』は奇跡の映画だと述べた。奇跡は、起きた時点では中身が解明されていない未知で満たされたブラックボックスだ。しかし、人の手によって生み出されたものであるなら解析することができる。その仕組みを学ぶことができる。
© 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
本作『F1®/エフワン』の制作を通して、コシンスキーは『トップガン マーヴェリック』で奇跡を成し得た自らの映画監督としてのメカニズムを、あらゆる視点から見直し、分解、点検、分析し、また再び元通りに組み上げてみせた。
規格(フォーミュラー)化とは、天啓を所与の技術として自らに落とし込む作家の成長を意味する。成された奇跡を解き明かすことを試みた本作『F1®/エフワン』は、ゆえに監督ジョセフ・コシンスキーの〈プロフェッショナルのメカニズム〉を尊ぶ〈作家性〉を示す新たな〈代表作〉となった。
吉上 亮|RYO YOSHIGAMI
1989年埼玉県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。2013年『パンツァークラウン フェイセズ』でデビュー。TVアニメ「PSYCHO-PASS サイコパス」のオリジナルスピンオフ小説『PSYCHO-PASS ASYLUM』『PSYCHO-PASS GENESIS』(以上、ハヤカワ文庫JA)を手掛け、のちに同アニメシリーズに脚本家として参加。ほかの作品に『泥の銃弾』(新潮文庫)、『テトラド1統計外暗数犯罪』(角川文庫)。
(Edit by Tomonari Cotani, Erina Anscomb)
※『WIRED』によるF1®の関連記事はこちら。
Related Articles
映画『F1/エフワン』のためにアップルが開発した“特製iPhoneカメラ”とは?
映画『F1/エフワン』のレースシーンで使われたカスタムカメラは、iPhoneのカメラセンサーとAシリーズチップを活かしてつくられている。
「言葉(Word) 、狂気(Mad)、力(Power)」:SF作家・吉上亮による『マッドマックス:フュリオサ』試写会体験記
映画『マッドマックス:フュリオサ』が本日公開。IMAX、4D、Dolby Cinema、ScreenX……。どれで観るか迷っている読者も多いに違いない。このたび、「いつもはIMAX一択」というSF作家の吉上亮が、試写イベントでULTRA 4DXを体験した。前作が「狂気(Mad)」なら本作は「言葉(Word)」と語る吉上が筆を走らせた、フルスロットルのレポートをぜひお楽しみいただきたい。
いのちは合体・変形だ!「EXPO 2025 大阪・関西万博」河森正治監督による“未来からの”デザイン提言
2025年、大阪・夢洲で「EXPO 2025 大阪・関西万博(以下、2025年万博)」が開催される。〈マクロス〉シリーズをはじめ日本を代表するアニメーション監督・デザイナーの河森正治は、同万博の8人のテーマ事業プロデューサーのひとりとして、いかなるビジョンを提示しようとしているのか。その一端をうかがい知るべく、SF作家・吉上亮が斬り込んだ(聞き手・記事構成・原稿執筆:吉上亮)。
編集長による注目記事の読み解きや雑誌制作の振り返りのほか、さまざまなゲストを交えたトークをポッドキャストで配信中!未来への接続はこちらから。
雑誌『WIRED』日本版 VOL.56
「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」好評発売中!
従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら。