ちょうどドラマ全体の半分のところで世の中の価値観がひっくり返る構成はわかりやすくて良い。ここから後半戦、ムードががらりと変わりそうだ。やなせたかしは高知新報で、夫を亡くし記者として働いていた暢と出会い、結婚する。それが史実。前半は、暢に関する記録が少なかったため、のぶに関する描写が想像や完全なる空想で補われている部分が多かった。だが後半は、やなせたかしの著書にのぶが出てきて、史実に近い形で描かれていくようだ。これで史実重視派の視聴者には安心であろう。

 ただ、たとえ史実にないことが描かれていたとしても、それはまさに「自分の目で見極め 自分の頭で考え ひっくり返らん確かなものをつかみたい」というのぶの思いを視聴者が実践できる絶好のチャンスである。ドラマと史実はどこがどう違うのか、違った場合、ドラマではなぜあえてそういうふうに描いたのか。そんなことを考え続けるのは悪くない。

『おかえりモネ』百音×菅波、なぜ釘付けに? 安達奈緒子脚本のスローな恋愛劇を紐解く

シリアスかつ重い展開が多いNHKの連続テレビ小説『おかえりモネ』の中で、視聴者にキュンとくるときめきや癒しを与え、“#俺たちの菅…

リアルサウンド 映画部

 ところで。のぶの揺れる瞳を見ていて思い出したことがある。『おかえりモネ』(2021年度前期)の主人公・百音(清原果耶)だ。彼女も自分が何をすべきかわからずずっと迷っていた。最終的にはそれでいいのだ、これからずっとゆっくり考えて探していこうという考えに至る話であった。

 拙著『ネットと朝ドラ』の『おかえりモネ』の章で、脚本家・安達奈緒子が脚本を書いた漫画原作のドラマ『透明なゆりかご』のセリフを引用した。それも「わからない」に言及したものだった。主人公が、自分のとった行動が正しかったかわからないとひとり語りし、でも「そのとき感じたことに嘘はないと思う」と考える。『透明なゆりかご』も『おかえりモネ』もこれが正しいと答えを出さず、考え続けることを重視していたような気がする。奇しくも、『あんぱん』の制作統括・倉崎憲チーフプロデューサーは『おかえりモネ』でプロデューサーとして関わっている。2020年からはじまったコロナ禍で、世の中の価値観はがらりと変わった。コロナ禍を経て作られた物語は正解を出すことに極めて慎重になっているような気がするのだ。『あんぱん』にもまた、その考え方が踏襲されているように思う。ただ、一点だけ強い主張がある。それは「生きろ」ということだ。

 「全力で走れ 絶望に追いつかれない速さで」それは生きるための言葉のように響く。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、志田彩良、二宮和也、瀧内公美、山寺宏一、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、阿部サダヲ、妻夫木聡、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

木俣冬


木俣冬

テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。

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