2025年6月19日から、米ニューヨークの国際写真センターで、伝説的な写真家エドワード・バーティンスキー氏のこれまでの活動を総括した写真展が開かれている。約70点の写真、3点の高解像度の壁面写真、そして巨大なパノラマ写真を含む個展のタイトルは、「エドワード・バーティンスキー:大加速(グレート・アクセラレーション)」。大加速とは、20世紀半ばに始まった指数関数的な人口増加と、それが地球に与える影響の増大を表す用語だ。
「技術の進歩と人口の拡大の結びつきを、写真を通してどう表現できるかについて、ずっと考えてきました」とバーティンスキー氏は言う。

写真家のエドワード・バーティンスキー氏。(Photograph by Hannah Whitaker)
1976年のカナダ、トロント。若き美術大学生だったバーティンスキー氏は、初めての写真の授業に出ていた。最初の課題は「人間の痕跡」を表す被写体を撮影するというものだった。
それから50年近く、数々の賞を受賞し、(今風に言えば)人間の活動が与える影響を捉えた多くの作品を生み出してきたバーティンスキー氏は、無事単位を取得できたと言っていいだろう。「あの課題が、私に許可証をくれたようなものです」と、現在70歳のバーティンスキー氏は言う。(参考記事:「エドワード・バーティンスキー、人類が変えた地球の景観10点」)
「もし自分が、この惑星に対して人類が何をしているかを探るために、宇宙のどこかの知的生命体によって地球に送られたエイリアンだったらと、常に考えていました。『人間たちはこんなことをしているんだ』と伝えるために、どんな写真を撮って送り返すだろうかと」

ニッケルの残滓#34。1996年、カナダ、オンタリオ州サドベリー。(Photograph by Edward Burtynsky)
その使命を追い求めて、バーティンスキー氏は米ペンシルベニア州の鉱山から、インド、グジャラートの塩田、イタリアの大理石採石場、そして中国の大量生産工場まで、世界中を旅した。こうして生まれた大判写真の多くは、どこか現実離れしていて、絵画的で奇妙な印象を与える。異世界のようなその風景は、見る者に方向感覚を失わせ、同時に普段目につかない地球の片隅と私たちとの密接なつながりを強調する効果をもたらしている。
ナショナル ジオグラフィックは、初公開の写真も含め、バーティンスキー氏のこれまでの活動を振り返る独占インタビューを行った。

乾燥鉱滓#1。2024年、コンゴ民主共和国コルウェジ。(Photograph by Edward Burtynsky)
――この写真展には、これまで未公開だった写真もいくつか含まれています。そのうちの1枚を選んで、説明していただけますか。
コンゴ民主共和国にある鉱山のパノラマ写真です。5、6カ月前に撮影しました。オレンジ、黄、赤、黄土色に染まった丘の斜面に、乾いた鉱滓(こうさい)が捨てられています。鉱滓とは、価値のある鉱物を精製する際に生じる不要な岩石のことです。
しかし、その不要物のなかには、コバルトが含まれています。地元住民は、ここにきてコバルトを集め、それを売ります。
ほぼすべての携帯電話にはコバルトが使用されています。そしてそのほとんどが、コンゴでとれたものです。私たちの目には見えない風景ですが、私たちの日常生活にこれほど深く関係しているという点がとても興味深い一枚です。(参考記事:「充電池に使われる金属コバルト、採掘で「非人間的」な労働が横行」)
――鉱山は、初期の頃からあなたの作品にみられる一貫したテーマでした。何にそこまで惹かれるのでしょうか。
学生時代、学費を稼ぐためにカナダの鉱山で働いていました。1日に2回、1.6キロの階段を下りて立坑に入っていました。当時から興味深い場所だと思っていましたが、芸術の題材になるとは思っていませんでした。
ところが1981年に、ペンシルベニア州の鉱山地帯をたまたま訪れたとき、ひらめいたのです。採掘とは、誰でもやっていることなのだと。能力であれ、アイデアであれ、普通のものを価値あるものに変えること。そこに興味を引かれました。
「これと同じことをやってみよう。精製所での瞬間を探し、工場での瞬間を探し、中国のダムでの瞬間を探してみよう」と思いました。私のこれまでの過程は全て、採掘の過程でした。

チノ鉱山#3。2012年、米ニューメキシコ州シルバーシティ。(Photograph by Edward Burtynsky)

鉱山#13。1984年、カナダ、オンタリオ州サドベリーにあるクリーンヒル鉱山の、使用されなくなった立抗。(Photograph by Edward Burtynsky)
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