リリー・フランキー(左)と早川千絵監督

PROFILE: 左:リリー・フランキー/俳優 右:早川千絵/映画監督

PROFILE: (リリー・フランキー)1963年生まれ、福岡県出身。「ぐるりのこと。」(08/橋口亮輔監督)で、ブルーリボン賞新人賞を受賞。その後「凶悪」(13/白石和彌監督)で第37回日本アカデミー賞優秀助演男優賞、「そして父になる」(13/是枝裕和監督)では最優秀助演男優賞など多数受賞。第71回カンヌ国際映画祭では、主演を務めた「万引き家族」(18/是枝裕和監督)がパルム・ドールを受賞。近年の主な出演作は、主演を務めた「コットンテール」(24/パトリック・ディキンソン監督)、「ちひろさん」「アンダーカレント」(23/今泉力哉監督)、「アナログ」(23/タカハタ秀太監督)、「ファーストキス 1ST KISS」(25/塚原あゆ子監督)など。

(はやかわ・ちえ):短編「ナイアガラ」が2014年第67回カンヌ国際映画祭シネフォンダシオン部門入選、ぴあフィルムフェスティバル グランプリ受賞。18年、是枝裕和監督総合監修のオムニバス映画「十年 Ten Years Japan」の一編の監督・脚本を手がける。その短編から物語を再構築した初の長編映画「PLAN 75」(22)で、第75回カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督)特別賞を授与され、輝かしい才能が世界から注目されている。

長編デビュー作「PLAN 75」で世界的な注目を集めた映画監督、早川千絵。新作「ルノワール」は11歳の少女、フキの物語だ。1980年代のある夏、父親が重い病気で入院し、母親が看護や仕事に追われる中で、フキは新しい友達やさまざまな大人たちとの出会いを通じて成長していく。フキを演じた鈴木唯の天真爛漫な演技が話題を呼ぶ本作で、フキの父親の圭司を演じて存在感を発揮しているのがリリー・フランキー。早川監督の強い希望によるキャスティングだったが、リリーも早川監督の作品に強く惹かれていたという。初めて作品を一緒に作り上げた2人に話を聞いた。

映画「ルノワール」の場面カット。鈴木唯演じるフキ(左)とリリー・フランキー演じるフキの父親の沖田圭司

手書きの手紙でオファー

リリー・フランキーと早川千絵監督

リリー・フランキー(左)と早川千絵監督

——リリーさんは「ルノワール」に出演するに当たって、作品のどんなところに興味を持たれたのでしょうか。

リリー・フランキー(以下、リリー):僕は勤勉なタイプではないので、なるべく仕事は避けて通りたいと思っているんです(笑)。でも、今回は脚本を頂いてすぐに参加したいと思いました。それまでに「PLAN 75」を観て監督にすごく興味を持ったんですよ。あと、監督から直接手紙をいただいたんですよね。自己紹介的な。

早川千絵(以下、早川):そうでしたね。手書きの手紙を書いて、その手紙をポストに投函した後、家に帰ってリリーさんのラジオを聞いたら、「手書きの手紙は重い」という話をされていて、しまった!と思いました(笑)。

リリー:いや、でも、手書きの手紙をくれる監督とは気があう気がするんですよ。パトリック(編注:リリーさんが出演した映画「コットンテール」のパトリック・ディキンソン監督)とは、イギリスと日本で手書きの手紙でずっとやりとりしていたんです。パトリックが、手紙じゃないと伝わらない、と言っていて。僕ら2人の間には手紙を訳す人がいて、さらに僕が遅筆なもので、すごく時間がかかったんですけど、時間がかかったのが良かったのかもしれない。

早川:是枝(裕和)監督も出演される役者の方に手紙を送られるそうですね。

リリー:そうです。手書きの手紙が届いて、こっちも手書きで返すみたいな。

——手書きの文字や使う便箋からも、手紙を送った人の人柄が伝わってくるので、相手のことを知るには良いのかもしれませんね。

リリー:出演を決める時は、監督に対する興味って大きいんですよね。僕は監督の私小説のような匂いがする作品が好きなので、それでこの作品に興味を持ったというのもあるんです。

大人になり始める
11歳という年齢

早川千絵

早川千絵

——やはり本作には監督の自伝的な要素が強いのでしょうか。

早川:エピソードは完全にフィクションですけど、フキのキャラクターだったり、彼女の世界の見方に関しては割と自分に近いところがありますね。

リリー:監督がフキと同じ11歳くらいの時は、フキよりも考え方が大人だったんじゃないですか? フキって自分で性の芽生えをぼんやり感じているけど言語化できていないじゃないですか。でも、監督は言語化できていたんじゃないかと思って。

早川:いやいや、できていませんでした。フキと同じでおまじないをやったりして、ファンタジーを信じていましたね。

リリー:じゃあ、まわりの同級生の方が大人っぽく見えた?

早川:見えましたね。私より現実的に思えました。私は夢ばかり見ているような子だったんです。映画の中でフキが変な作文を書いて、母親が教師に呼び出されるじゃないですか。そういうところが自分にもありました。三者面談で先生に「この子は何を考えているのかわからない」って言われるような変な子だったんです(笑)。

——リリーさんは11歳の頃はどんな子供でした?

リリー:本当に子どもでしたね。フキと同じように性の芽生えを感じたり、大人や友達に対して意地悪な気持ちになったりしていたけど、その気持ちを口にしないまま大人になってしまった。もしかしたら、思春期前のこの時期の感覚って本人が言語化できていないから、誰も話をしたことがないんじゃないかと思うんですよ。それを映画でみずみずしく描いていたことがすごいと思っていて。映画を観ていると、いろんなことを思い出すんですよ。例えば、中島(歩)さんが演じる御前崎がフキのお母さん(石田ひかり)と出会って、フキと3人でファミレスに行くじゃないですか。そこで御前崎がフキに「おじさんの顔、面白い?」って言う。大好きなシーンなんですけど、「こういう雰囲気出してくる大人っていたなあ」って思い出しました。

——子どもの頃、身近にそういう大人がいた?

リリー:うちのお袋が親父と別居したまま死にましたけど、別居したての頃は若いわけですよね、まだ30代だったから。それで、お袋と御前崎みたいなおじさんと3人で近所のレジャーランドに行ったりしたことがあったんです。そのおじさんに抱いていた嫌悪感。「今日あいつが来ると思っただけでもぞっとする」って思っていたことを映画を観て思い出しました。そういう子どもの時に言語化できなかった感情を、この映画は描いているんですよね。脚本を読んで最初に惹かれたのはそういうところでした。

リリー・フランキーの演技

リリー・フランキー

リリー・フランキー

——観客一人ひとりが個人的な記憶や感情を呼び覚まされる作品ですよね。監督は若い頃にお父さんをご病気で亡くされています。リリーさんが演じたフキの父親、圭司も病気で入院していますが、リリーさんをキャスティングする際に、お父さんの面影と重なるところを感じられたりもしたのでしょうか。

早川:そうですね。私はリリーさんに儚さというか、どこか浮世離れしたところを感じていて。存在感がすごく強いのに薄いというか、どこか透明感があるところが死期が迫った父親のイメージを思わせるところがあったんです。

——現場で演技をするリリーさんをご覧になって、どんな感想を持たれました?

早川:思っていた通りの方でしたね。あと、リリーさんが演出家としての眼を持っているというのを強く感じました。このシーンを映画として成立させるために何が必要なのかを俯瞰してご覧になっている。

リリー:演出家の眼で見ているかどうかは分かりませんが、僕の場合、映画に出ているキャリアより、映画を見てきた期間が長いです。役者として仕事をする前に、映画の原稿をずっと書いていたので。だから今、どんな絵になっているんだろうって言うのは頭の隅で考えているかもしれない。あと、僕は自分が出ている映画を観ても、自分の演技とか全然気にならないんですよ。役者の方って自分の演技をチェックされたりするっていうじゃないですか。僕にはそういう感覚が全然なくて。

——映画の中のリリーさんの佇まいは独特ですよね。自然体で演技している風には見せないけれど存在感がある。リリーさんは無の状態で、そこに映画の世界が入り込んでいるというか。

早川:ほんとそうですよね。

リリー:映画に出ている時って自我は全然ないです。映画は監督のものだから、自分がこうしたい、なんて気持ちはない。監督が望むままに動くだけです。今回、監督に役について聞いたのも、部下に「随分、痩せましたね」と言われるので痩せた方がいいですか?っていうことくらいでした。それで「痩せてください」と言われたので、毎日、豆のヌードルばかり食べていたんです。意外とヌードルのバリエーションが多くて助かりました(笑)。

早川:リリーさんは間合いが絶妙なんですよ。病室に訪ねてきた部下とのやりとりは秀逸でしたね。他愛のない会話なので映画的なシーンとしてちゃんと成立するかな、と不安だったんですけど、撮影している時から、ちゃんと映画的な時間が流れていました。

リリー:あのシーンは監督からいちばん演出を受けた気がしますね。きっと、監督の中にイメージしたタイム感があったんじゃないかな。

早川:あそこは家の外で圭司がどんな人物なのかがわかる唯一のシーンなんです。あそこで圭司が「そう?」って窓の外を見る演技がすごくいいんですよ。圭司との会話で部下が気まずくなって病室の窓の外を見て、良い景色でもないのに「良い景色ですね」って言う。それに対して圭司が「そう?」っていう言い方、間合いが絶妙なんです。

リリー:確か、脚本には「そう?」はなかったんですけど、あそこはユーモアを入れられる数少ないシーンだと思ったんです。ユーモアといってもいろいろありますけど、笑っていいのかどうかわからないユーモアってあるじゃないですか。そういうのが出せそうだなと思ったんです。悲しみと背中合わせにある笑い。そういうものが欲しい監督じゃないかな、と「PLAN 75」を観て思ったんです。キワキワのトゲのある笑いが好きな方なんじゃないかって。

生(性)と死の関係を描く

映画「ルノワール」の場面カット

——そういうことが分かるのが、リリーさんの批評家的な眼差しなのかもしれませんね。圭司がずっと入院していることもあって、この映画は全編に渡って死の影がつきまとっています。でも、その一方で、フキの性の芽生えもある。子供にはまだよくわからないモヤモヤしたものにフキが惹かれていくのが物語を通じて伝わってきますね。

リリー:お父さんが死に向かっていく一方で、フキは伝言ダイヤルに興味を持つ。生(性)と死の関係、その描き方もすごくよかったですね。

——フキが伝言ダイヤルで知り合った大学生に会いにいく。あの辺りの描写にはハラハラさせられました。

早川:女性は小さな頃から、そういう危険とすごく隣り合わせなんですよ。よくわからないけど何だか怖い、とフキが感じているのを描きたかったんです。それは私が子供の頃に漠然と感じていたけど、言語化できていなかったことなんです。

リリー:この時期の女性の性への興味を描くというのは、ヨーロッパ映画では結構あるんですけど、日本映画では苦手だったような気がするんですよ。早川さんは突飛なことをせず、みんながドキッとすることを上品に取り扱っている。その視点やバランスがすごいんですよね。

——監督は11歳の頃の感覚を呼び覚ますために何かアプローチはされたんですか? 昔の写真を見るとか、当時の雑誌を読んでみるとか。

早川:そういうことはしませんでした、当時からこういう映画を作りたいと思っていて、自分が考えていることをノートに書いていたんです。

——当時というのは11歳の頃?

早川:はい。この映画で使われているエピソードは、その頃に考えていたものが多いですね。

——11歳の頃から将来撮りたい映画のことを考えていたというのはすごいですね!

リリー:僕はこの年の頃、「ゴジラ対ヘドラ」みたいな映画を撮りたいと思っていましたよ(笑)。きっと監督は子供の頃から善悪では決められないこととか、簡単には理解できないものに興味があったんじゃないですか? 監督の作品からそれが伝わってくる。

早川:よく分からないものは好きでしたね。だから、よく分からない映画も好きで、そういう映画がきっかけで映画をどんどん観るようになったんです。

リリー:空想ばかりしていて、よく分からないものが好きで、それでよく堅気になれましたね(笑)。そういう人って大抵、途中で沈没するんですよ。でも、監督は一回、ちゃんと就職してニューヨークで働いている。

早川:若い頃は自分が真面目で普通すぎることにコンプレックスがあったんですけどね。

リリー:でも、監督は不良っぽいやつよりもグロいことを考えてたと思いますよ。

早川:今になって分わかりました(笑)。

カンヌのレッドカーペットは
「テクノポリス」で登場

リリー・フランキー(左)と早川千絵監督

——「ルノワール」は監督が「変な子」だったからできた映画と言えるかもしれませんね。そういえば、映画の中でクラウス・ノミで有名な「Cold Song」やYMOの「ライディーン」など、テクノ/ニューウェイヴ好きには懐かしい曲が流れるのが印象的でした。小学生の頃から音楽がお好きだったんですね。

早川:好きでした。6歳上の姉がいて、姉が聴いているものをよく聴いていたんです。「ライディーン」は映画と同じように、キャンプファイアーを囲んで生徒で踊った時に流れていたんです。その時の振り付けを覚えていたので、映画でももそれを踏襲しました。当時はYMOのことは知らなくて、外国の音楽だと思っていたんです。日本のバンドだと知った時は驚きました。

リリー:そういえば、カンヌ(国際映画祭)に監督と行ったんです。レッドカーペットを歩く時にかける音楽って監督が選べるんですけど、そこで監督がYMOの「テクノポリス」をかけたんですよね。

——そうなんですか! 良い選曲ですね。

早川:映画で「ライディーン」を使ったというのもあるんですけど、「テクノポリス」は好きな曲なので、この曲が流れたら緊張しないで歩けるかなと思ったんです。

リリー:カンヌと同じ時期にMUSIC AWARDS JAPANが始まったじゃないですか。そのどアタマで「ライディーン」が流れるんですよ。そして、細野(晴臣)さんがスピーチで「ここにメンバーの2人は都合で来られませんが」って言うんですけど、カンヌでMUSIC AWARDS JAPANのニュースを見ながら「細野さん、教授と幸宏さんはこっちに来てますよ!」って思っていたんです。すごくうれしい偶然でしたね。

PHOTOS:MAYUMI HOSOKURA
HAIR & MAKEUP:[LILY FRANKY]AKI KUDO、[CHIE HAYAKAWA]HITOMI NATORI

映画「ルノワール」

映画「ルノワール」ポスタービジュアル

映画「ルノワール」の場面カット

映画「ルノワール」の場面カット

映画「ルノワール」の場面カット

映画「ルノワール」の場面カット

映画「ルノワール」の場面カット

映画「ルノワール」の場面カット

◾️映画「ルノワール」
出演:鈴木唯
石田ひかり 中島歩 河合優実 坂東龍汰
リリー・フランキー
脚本・監督:早川千絵
撮影:浦田秀穂
編集:Anne Klotz
音楽:Remi Boubal
企画・制作:ローデッド・フィルムズ
制作協力プロダクション:キリシマ1945
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2025「RENOIR」製作委員会/InternationalPartners
https://happinet-phantom.com/renoir/

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