東大には何の役に立つのか分からないユニークな研究をしている人がたくさんいる。東大院で言語学を研究する中野智宏さんは、「人工言語作家」として活動し、これまで数百種類の「架空の言語」を作り出してきた。中野さんの研究は、どんなことに生かされているのか。東大生ライター集団「カルペディエム」の布施川天馬さんが取材した――。
撮影=プレジデントオンライン編集部
人工言語のアイデアが書かれたノートを手に取る中野さん
極限まで緻密に作り込まれた「架空の言語」
’Ändëjï boru mënys’at! Phomi məñäng dej Näkänö Tömöhïrö. Məñäng phuos’ëëw məjdejing pəsät goo, brëw thej puo-bäkïng phñəjwi sərïng.
いま、私がなんと言ったか、理解できた人はいるでしょうか。いきなり知らない言葉で書かれて、面食らった方ばかりかと思います。上記の文章は私がゼロから創った架空の言語「ウーパナンタ語」で記述されています。
直訳は「太陽と太陰の恵みがあなたにありますよう。私の名前は中野智宏です。私は学者になるために学び、同時に創作された言語の作者として働いています」。つまり、初対面となる皆様へ挨拶と、軽い自己紹介を兼ねた文章でした。
最初の一文はあいさつの定型文。Məñängは一人称sukの丁寧形。phuos’ëëwは「すべてを知る者」の意味で、賢者、学者などを指します。Gooという接続詞で「〜すると同時に」の意味が表せます。puo-bäkが「創造主」、接尾辞-ïngをつけて、文中で文法的にどんな役割を果たす語か示します。Phñəjの原義は「声」ですが、意味変化で「言葉」の意味になったもの。Phñəjwi sərïngで「人の手で創作された言語」を表します。
私はみなさんに外国語の講座をしたいわけではありません。それどころか、今私が綴った言葉は、地球上のどこにも存在しない言葉です。この「ウーパナンタ語」は、ディズニープラスオリジナル作品である『ワンダーハッチ 空飛ぶ竜の島』のために、私がゼロから単語や文法を作って組み上げた「人工言語」なのです。