朝ドラことNHK連続テレビ小説『あんぱん』第8週「めぐりあい わかれゆく」(演出:柳川強)では、サブタイトル通り、大きな出会いと別れがいくつも起こる。これがなかなか残酷なストーリー展開であった。
のぶ(今田美桜)が地元に戻って来て母校で教師になって1年半が経過し、見合い話が続々と持ち込まれるようになってきた。結婚はまだしないとかしたほうがいいとか、微笑ましい感じの家族の会話が成されていたところ、豪(細田佳央太)の戦死の報が届く。
蘭子(河合優実)は豪が戻ってきたら、結婚することを指折り数えて待っていたというのに。
お葬式では、誰もが豪の死を名誉の死として捉えて、悲しみを堪えている。戦死の報を受けた瞬間は吠えるように嘆いた釜次(吉田鋼太郎)ですら、そのあとは悲しみを全面に出さないように堪えている。唯一、メイコ(原菜乃華)だけが素直に泣いていたが。
お葬式にやって来たのぶの教え子たちは、人間の死を理解していないのか、兵隊さんになってお国のために戦う気で張り切っている。これは戦争を知らない世代から見たらなかなかすごい光景である。人が死ぬ悲しみ、残された人の悲しみや、戦場に行く恐怖よりも、自分も兵隊さんになることが念頭にある幼い子たち。そういうふうに、のぶは子どもたちを育てているのだ。
さすがののぶも、はたしてこれは正常なことなのか悩んでいるように見える。彼女の悩みがさらに大きくなったのは、蘭子との対立だ。
豪を失った蘭子はあからさまに戦争に反対の意思を見せ、のぶの言動を真っ向否定する。
豪とのエピソード以降、河合優実の芝居に注目が集まっているが、今田美桜もなかなかのものである。未だは、のぶが蘭子に対して、自分の意見を正しいと言い切れない表情を見事に演じている。軍国主義対反戦主義。蘭子には静かながら揺るがない信念を感じさせ迫力がある。対して、のぶは、真っ向勝負しない。どこか自信なげなのだ。このとき、首に力が入ってないというか、背筋から首にかけて、定規を入れたようにまっすぐ立つというような姿勢になっていないのだ。
今田美桜には元気ハツラツなイメージがあるし、彼女の代表作『花咲舞が黙ってない』(2024年/日本テレビ系)のヒロインは「お言葉を返すようですが」とどんな相手にも毅然と向かっていくキャラクターだった。のぶも「ハチキンおのぶ」と呼ばれるだけあり、「しゃんしゃん東京にいね」などとキツイこともポンポン言うのだが、蘭子と向き合ったときは、力でぶつかっていかない。『花咲舞』のときも、ともすれば自己主張するとキツい印象になりそうなところだが、その都度、違う「お言葉を返す」があると、小田玲奈プロデューサーはインタビューで語っていた。「相手に寄り添うように『お言葉を返すようですが』とも言うし、ほかにもいろいろなお言葉の返し方があります」「『お言葉を返すようですが』は悪を成敗するだけの言葉ではない。(中略)優しい『お言葉を返す』もあります」(※)
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花咲舞で今田が身につけた、自分の意見を持ちながら他者を思いやる気持ちが、『あんぱん』では、自分の考えすらほんとうに正しいのかためらうという演技として活きたのではないだろうか。
そう思って観ていると、今田は随所で、相手の言動に丁寧に反応している。自分をこう見せようという意識よりも前に、相手の心情を受け止めて鏡のように映し出すような反応をしているのだ。
例えば、第39話、墓石を彫れない釜次の悲しみを受け止めている表情や、生徒たちが兵隊になってお国の役にたちたいと言っているとき、その場は子どもたちの気持ちを損なわないように気を使った明るい顔。だからのぶのほんとうの気持ちがわからない。
見合い相手の若松次郎(中島歩)にはのぶの「正直さがいい」と言われるが、自分は正直でないとのぶは思うのだ。そしてその迷いを正直に次郎に伝える。
のぶの本当の気持ちを聞き出すことができた次郎は、のぶの本当の顔もカメラに収めている。鳥の羽ばたきを笑顔で見る、少し顎を上げた横顔。ハチキンと呼ばれるほどの気丈さが先走りがちではあるが、彼女のなかのもっと別の面を次郎は気づいて写真に残したうえ、のぶの心情を聞き出して、と、伴侶としてはこれほど申し分ない人物もいないだろう。