春の陽気が心地よい日々の中、静かに心に響く作品を音楽評論家・渡辺 亨さんにセレクトしていただきました。
昨年4月6日に、東京ガーデンシアターでジェイムス・テイラーの一夜限りの来日公演が行われた。そのコンサートの2度目のアンコールでのこと。ジェイムスはこのとき、「これはセイジオザワのための曲です」と語り、1971年発表の自作曲「目を閉じてごらん(You Can Close Your Eyes)」を歌い始めた。
ジェイムス・テイラーと小澤征爾は、小澤が音楽監督を務めていたタングルウッド音楽祭で初めて出会った。お互いの自宅がマサチューセッツ州内の近所で、ジェイムスの現在のパートナーであるキムが、“小澤時代”のボストン交響楽団の広報ディレクターだったこともあり、二人は家族ぐるみで親交を深めていた。2015年には、長野県松本市で開催された小澤の80歳記念コンサートのためにわざわざ来日して「ハッピー・バースデイ」を歌ったほどだ。
ジェイムスはマサチューセッツ州ボストンで生まれた。その後、家族とともにノースカロライナ州のチャペルヒルに移り、幼少期から10代までの多感な日々を同地で過ごした。偶然にも、ノースカロライナ州は今年の5月15〜18日に全米プロゴルフ選手権が開催される場所だ。
1968年にロンドンで録音され、同年末に発表されたデビュー・アルバムに収録されている「想い出のキャロライナ(Carolina In My Mind)」には、故郷ノースカロライナへの望郷の念が込められている。また、91年には同州のコッパーラインで過ごした思春期を振り返った曲「コッパーライン(Copperline)」を発表している。豊かな自然環境、そこに住んでいた小動物、ファースト・キスの思い出などに加えて、父親についても歌っている。
ジェイムス・テイラー 『ワン・マン・バンド』(2007)
ここまで触れてきた3曲を聞くことができるものとして、2007年7月にマサチューセッツ州ピッツフィールドのホールで収録されたライブ・アルバム『ワン・マン・バンド』を挙げよう。それまでのキャリアにおける代表曲の数々を、ジェイムス自身のギターの弾き語りを軸に、基本的にはラリー・ゴールディングスのキーボード伴奏だけで披露した珠玉のライブだ。3曲のうち、まず「想い出のキャロライナ」で本編が終了する。続く1度目のアンコールでは、1970年の大ヒット曲「ファイアー・アンド・レイン」と「コッパーライン」の2曲が披露され、2度目のアンコール「目を閉じてごらん」で、コンサート全体の幕を閉じる。
2007年のコンサートと昨年の日本公演における「目を閉じてごらん」の意味合いは、もちろん異なる。ただし、同曲は永遠の愛を歌った子守唄であり、同時にジェイムス本人いわく“世俗的な賛美歌”でもある。だからこそ、彼はこの曲で昨年2月に亡くなった長年の友人を追悼したのだろう。あの夜、“You can close your eyes, it’s all right”という一節が、予想をはるかに超えて僕の心の柔らかい部分に触れたことを、いつまでも忘れない。
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渡辺 亨(わたなべ・とおる)/音楽評論家、選曲家、DJ
1959年生まれ、札幌市出身。雑誌や新聞、Web媒体で執筆するほか、ラジオやテレビに出演。著書に『音の架け橋ー快適音楽ディスクガイド』や『プリファブ・スプラウトの音楽』、『女性シンガー・ソングライターの系譜』などがある。NHK-FM『世界の快適音楽セレクション』の構成選曲、および自身のコーナーにレギュラー出演している。
Edit : Yu Sakamoto