レイフ・オヴェ・アンスネス 2025年来日公演
アンスネスのリサイタルへの期待

 この秋アンスネスのピアノが聴ける、ソロ・リサイタルでだ。予定された演奏曲目に驚かされた、というより一気に期待が高まった。ベートーヴェンとシューマンとリストの作品が並んでいる。ドイツ・ピアノ音楽の主要レパートリーとして多くのピアニストが取り上げるものだが、一晩のプログラムをこの3人の作品で組むのは稀だ。ただ得意曲目を並べただけではないのだ。アンスネス自身がプログラミングのコンセプトについて次のように語っている。前半のリストとベートーヴェンの作品では「精神の慰めと超越を感じられる世界観」を、後半のシューマンでは標題音楽的な小品連鎖の組曲で「色彩豊かな演劇的世界観」「生命力、人生への若々しい意欲」を表現したい、と。また「演奏者と聴き手による美しい会話」の時空を生み出したいとも語っている。
 アンスネスの魅力はあらゆる点で明晰な表現にある。まず、音が明澄であること、そして自在でありながら知的にコントロールされた多彩なアーティキュレーションによって表情豊かな音楽を生みだし、その結果として形式的な構成や音素材の構築性が浮かびあげられるのである。一切の誇張表現を嫌うが、きわめてセンシティヴな緩急法(アゴーギク)と強弱法(デュナーミク)を駆使して音楽それ自体が要求する自然な流れと最高の響きを顕在化させる音の探求者がアンスネスなのである。また、ベートーヴェン以後の作品の底流に潜在する文学的エレメントと詩的抒情と精神性を追い求めるのもアンスネスであり、今回のリサイタルはまさにその現場に立ち会うことと言えるだろう。

平野 昭(音楽評論家)

 今回のリサイタルでは、2つの側面から成るプログラムをお届けします。前半は、精神の慰めや超越を感じられる世界観です。リストの作品からは、彼が宗教的な信念のもと、精神的なメッセージを捜し求めていたことが読み取れます。特に<コンソレーション>は、そのような精神世界との密接な繋がりを持っており、まるで演奏者と聴き手による美しい会話のようです。それと同時に、本作品における空間や息遣いも魅惑的です。
<パレストリーナによるミゼレーレ>は、敬虔さとロマン派の激しさが融合した、リスト特有の恍惚とした雰囲気が感じられます。
 ベートーヴェンのソナタ作品111は、私が知っている中で最も魅力的な作品のひとつです。人間の葛藤や弱さ、疑念を表現しつつ、それと同時に強さ、光への渇望、そして至福とその超越の瞬間をも内包しています。
 プログラムの後半はまったく対照的で、謝肉祭を訪れるという色彩豊かで演劇的な世界観を用いて、私たちを社会や日常へと引き戻します。シューマンの初期ピアノ作品は、最もユニークな標題音楽曲のひとつで、作品を通してショパンやパガニーニ、クララ・シューマンをはじめとした友人や音楽仲間、そして彼が想像するさまざまな登場人物が描き出されています。とても陽気な曲で、生命力や人生への若々しい意欲に満ちており、ピアノの作風は多様なテクニックや技巧、豊かな色彩が大きな魅力です。

レイフ・オヴェ・アンスネス

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