2025年4月25日(金)公開の映画『花まんま』にて、主演の鈴木亮平、共演の有村架純にインタビュー。
“家族の絆”を描いた短編集『花まんま』を実写映画化
映画『花まんま』は、第133回直木賞を受賞した、朱川湊人の短編集を実写化した作品だ。主人公は、両親を早くに亡くした兄妹、俊樹とフミ子。親代わりの兄として妹を育ててきた俊樹は、フミ子の結婚が決まったことでようやく肩の荷が下りるはずだった。しかし、とあることをきっかけに、遠い昔にふたりで封印したはずのフミ子のとある“秘密”が蘇る。
原作では子ども時代の俊樹とフミ子が描かれているが、今作では兄妹が大人になったその後を映し出す。ファンタジックな題材でありながら、すべての人の胸を打つ、愛にあふれた物語となっている。
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鈴木亮平&有村架純にインタビュー
映画公開に先駆け、兄妹役として初共演を果たした鈴木亮平と有村架純にインタビューを実施。作中で描かれる“家族愛”や“兄妹の絆”、そして俳優として演技にかける想いなど、貴重な話をたっぷりと伺った。
“まるで最初から兄妹のようだった”おふたり
有村さんは鈴木さんに対して、「生まれた時から一緒にいるような、本当なら無いはずの兄やんとの時間を感じた」と語っておりました。共演してみて、お互いの中に見出した兄要素や妹要素はありましたか?
鈴木:架純ちゃん、実際いるのはお姉ちゃんだもんね。僕の勝手な想像なので決めつけるのはよくないかなと思いますが、すごく愛されながら育ったんだな、という印象を受けました。
有村:鈴木さんは懐がとても深くて、物事を俯瞰して見るような冷静さや真面目な部分があるんですよ。それでいて、ちょっとおふざけな部分もある。そんなところが“頼もしくて、でもおもしろいお兄ちゃん”という感じでした。
鈴木:僕は次男かつ妹とも歳が離れていたので、実はお兄ちゃんとして育ったことはなくて、本当は弟キャラなんです。でも体格や印象のせいか、役はお兄ちゃんが多くて(笑)。お兄ちゃんばっかり演じているうちに、お兄ちゃんぽさが後からついてきたのかもしれませんね。
後からついてくるものなのですね。
鈴木:不思議なもので、“そう見られると、そうならなきゃ”という感じです(笑)
共演して初めて見えてきた一面はありましたか?
鈴木:自分を持っている、凛とした方。でも柔軟で素敵な方だと思っていましたが、実際に共演してみても思った通りの方でした。
有村:たくさんあります。たとえば、サービス精神がすごい!(笑)。どの役柄、どの現場においてもストイックさは変わらないと思いますが、人間味みたいなものをすごく感じて…。『花まんま』の亮平さんがレアだったのかな?と思うくらいすごく自然体で、監督がボケたことに対して毎回突っ込んでいたり、サービス精神という言い方が適しているかは分からないですが、面白い一面がたくさん見られました。
サービス精神はどの現場でも意識されているのでしょうか?
鈴木:基本的に関西人はサービス精神を持ち合わせているので、普段からありますよ、すごく。ただ、他の現場ではあまり監督はボケないので、今回でいうと有村さんのおっしゃる通り特別だったのかもしれないです(笑)。前田哲監督は関西人を煮詰めたような方なので。
有村:映画『花まんま』のLINEグループでもよく突っ込んでますよ。監督が無言で写真を送ってくれるんです。「ここに映画ポスターがあったよ」「ここでこんな宣伝やってるよ」みたいな意味合いだと思うのですが…そういう時も亮平さんはちゃんと突っ込んでますね。
リアルな関西人兄妹を追求
リアルでも兄妹がいる分、演じやすかった部分もあったのではないでしょうか?
鈴木:架純ちゃんほど可愛らしい妹がいたら、「妹!ラブ!」というような演技になっていたかもしれないですが、僕の場合、実の妹が頭に浮んでしまって、そのラブな思考が一瞬止まるんです。「いやまてよ、これあいつだろ」と(笑)。何を言ってもイラっとするような答えしか返ってこない、生意気になるという、妹の思春期を目の当たりにしての距離感や、そのベースには、ずっと一緒に育ってきた信頼感もあって、それらを落とし込んでいきました。
作中でフミ子と一緒にお好み焼きを食べるシーンをぜひ見てみてほしいのですが、妹って基本兄貴に対して冷たいんです。フィクションの世界になるとどうしても兄と妹の関係性が「お兄ちゃん!」「なんだい妹?」みたいに甘くなりがちですが、実際は特に目も合わさないし、軽くあしらっている。そんな姿を自然と有村さんの演技からも感じられましたね。
有村:妹を演じるにあたり、私は同性の姉になりますが、上にいる距離感はなんとなく掴みやすかったです。なので、異性のお兄ちゃんがいたら実際はこんな感じなのかな、というのを想像しながら演じました。姉とは一緒に出掛けたり、お洋服を共有したりとかができますが、兄だったら頻繁に連絡とらないし会わないかとか、そういう距離感。
ちなみに理想の“兄貴像”はありますか?
有村:車とかで迎えに来てくれるような…(笑)。
鈴木:足になってくれるお兄ちゃん、ってこと?(笑)
有村:特に中学生の頃は、優しいお兄ちゃんがいたらなって思うこともありました(笑)。亮平さんはどうですか?
鈴木:僕は、“カリスマ兄”が2学年くらい上にいたら中学高校で無双できそうだなと思いました。入学してすぐ、「あいつの弟なん?」と、3年生が可愛がってくれそうじゃないですか(笑)。
演技にかける想い
鈴木さんは以前、映画『エゴイスト』のインタビューにて、「演技は自分からしか出てこない、 自分の一番見られたくない部分をさらけ出すことこそが、見る人にとって感動を生む」とおっしゃっていたのが印象的でした。今回でいうと、どのような部分に本当の自分、もしくは一番見られたくない部分が出ましたか?
鈴木:作中で僕はよく怒っているわけですが、それこそ人に怒っている時の自分なんて見られたくないですね。それから一番は、やはり物語の終盤でのシーンでしょうか。ネタバレになってしまうので詳細は控えますが。
やっぱり、プライベートな感情や表情って誰しも恥ずかしいものだと思います。でも俳優はカメラの前で裸になってさらけ出す。観客は、作られたものではなく、すごくプライベートな瞬間、日常では見ることのできないパーソナルな感情を目の当たりにして、はじめて感動してくれる。だからこそ恥ずかしい部分をさらけ出すことが、僕が思う俳優の役割のひとつです。
ありがとうございます。有村さんは、映画『前科者』インタビューにて「役に説得力や共感力を持たせたい」とおっしゃっていました。
有村:まずどの作品においても、自分が演じるキャラクターがどうやって生きてきたか、幼少期や性格についての枠組みが台本には描かれていて、そこからヒントをもらうのですが、なぜ今の性格が形成されたのか、詳しく書かれていない部分も掘り下げて掘り下げて、という作業が私にとっては大事なんです。たとえば“明るい性格”の明るいにも様々な種類がある。どういった背景があってその“明るい”が作られたのか、彼女が歩いてきた人生、その中で出会ってきた人の影響などを考えられないと、役に説得力を持たせることはできないと思っています。
『花まんま』でフミ子を演じるにあたり、どういった部分に説得力を持たせるということを意識しましたか?
有村:原作にない、兄妹が大人になったその後を描いた映画となっているので、フミ子が大人になるまでの過程に思いを馳せながら、自分の中で深堀りを進めました。中には、キャラクターの詳細、このシーンではこんな感情になる、と細かい部分まで説明してくださるケースも作品によってはある。監督や亮平さんと相談しながらキャラクターを作る事も出来るのですが、そうなると、じゃあ絶対にそう演じなければならないのかなという気持ちにもなってしまうし、あまり事前に明かしすぎるのもワクワクが減ってしまうかな、と考えてしまう。難しいのですがそこのバランスは気を付けています。話すけども話し過ぎないようにと。
映画『花まんま』はどんな話?
映画『花まんま』のテーマのひとつ、“家族”とはおふたりにとってどのような存在でしょうか?
有村:うまく言えないですが、多くの方が考えるように、“絶対的な味方”だと思っています。まだ“親のもとに生まれた家族”という形しか知らないので、結婚して新しい家族ができた際にまた考えは変わるとは思いますが、今のところはそう思っています。
鈴木:そうですね。家族はこうだ!と言語化できるほど、まだ家族について考えたことがないのかもしれないですが…。結局のところ、人生の最後の最後に残るのが家族との時間なんじゃないかなと思います。死ぬときにようやくわかる、その人を一番愛してきた人、家族以外の人に見せていない顔とかがあるわけで、だからこそ夫婦や家族間での揉め事も生まれるのかもしれませんが、そんな時間も含めて大事な記憶として残るのだと思います。