藤田嗣治 猫のいる風景 ―かたわらの動物たち―

会場:軽井沢安東美術館(長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東43番地10)

会期:2025年3月6日(木)~9月28日(日)

休館日:水曜休館、水曜日が祝日の場合は、翌平日が休館。7月23日~9月2日は無休

開館時間:10:00~17:00、入館は閉館時間の30分前まで

アクセス:JR軽井沢駅北口から徒歩約8分

観覧料:大人2300円、高校生以下1100円

※詳細情報は公式ホームページで確認を

軽井沢安東美術館は、日本とフランスの双方で活躍した画家、レオナール・フジタこと藤田嗣治(1886~1968)の作品を専門に収集、展示する美術館である。「乳白色の肌」の裸婦像、面相筆を使った細かな線描……日本画の知識を生かした独自の技法で描かれた作品は今も世界的に人気が高いが、その藤田が「女性」とともに好んで画題としたのが「ネコ」。この展覧会は、ネコの絵を中心に、藤田の描いた動物にまつわる絵にスポットライトを当てたものである。

《自画像》(1928年 油彩・キャンバス) ©Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 B0887

藤田がネコを描き始めたのは、1920年代の半ばごろから。パリに住んでいた時、盛り場からの帰り道、足もとにじゃれついてきたネコを家に連れ帰ったのがきっかけとなって、何匹も飼うようになったのだという。

〈始終画室の中に入れて置いたので、時には自画像の側に描いてみたり、或いは裸体画の横にサインみたいにこの猫を描いたりしたことで、だんだん有名になったのでしょうね〉。軽井沢安東美術館が編集した『猫の本』(2023年、世界文化社)には、藤田の座談集『巴里の昼と夜』の言葉が引用されている。〈ひどくもの温柔かな一面、あべこべに猛々しいところがあり、二通りの性格に描けるので面白いと思いました〉。やはり『猫の本』に引用されている『巴里の昼と夜』の言葉。気ままで自由、野性の香りを残した人間の友。藤田は、そういうネコという存在を愛した。

展示風景。藤田の絵には、さりげなくネコが描き込まれていることが多い

モデルがいないときには、家にいるネコをじっくり観察し、時間があればその姿をスケッチしていたともいう。だからだろうか、藤田の作品のあらゆる所で、ネコの姿は見ることが出来る。

美人画や風景画の背景にそっといたり、女性の手に持つ紐にじゃれついていたり。冒頭に挙げた《猫の教室》は美術館収蔵品の中でも特に人気が高いものだが、勉強をする姿が実にユーモラスに擬人化されている。藤田自身の背後からひょっこり顔を覗かせている《自画像》。これもまた、人気がある作品だそうだ。軽井沢安東美術館に収蔵されている約200点の作品は、投資会社を経営する安東泰志氏が収集したものだが、安東氏が最初に出会った藤田の絵《ヴァンドーム広場》にも、ネコは描かれていたという。「そこに描かれていたかわいいネコの絵に癒やしを感じた」ことが、コレクションのきっかけになったそうである。だとすれば、この美術館が出来たのも、「ネコのおかげ」なのだろうか。

展示風景。藤田の水彩画をもとに、1929年頃出版された版画集『猫十態』より
展示風景。こちらは1930年に出版された版画集『猫の本』より

展示のハイライトは、「展示室5」、通称「赤い部屋」で展示されている2冊の版画集からの作品だろうか。『猫十態』『猫の本』と題された2冊の版画集には、寝転んだりお澄まししたり、じゃれあっていたり、様々な表情のネコたちが描かれている。この2冊で藤田は「猫の画家」としても欧米で有名になったそうだが、むべなるかな。毛並みの1本1本まで丁寧に描かれた、リアルで飾らないネコたちの姿。肉球のぷにぷにした手ざわりまで伝わってきそうな、細密な表現が印象的なのである。

ネコとともに、藤田の題材として知られるのが「少女」、その少女たちの側にもネコたちはいる。藤田の描く少女は、キッと前を見つめているが、嬉しいのか悲しいのか、明確な感情がよく分からない。でも、ネコたちは表情豊か。対照的な存在感がいいアクセントに見える。

展示風景
特集展示「挿画本『四十雀』  藤田嗣治とジャン・コクトー」の展示風景

ネコだけでなく、藤田はイヌも好きで、さらには動物全般を描くことも多かった。「赤い部屋」に先立つ「展示室2」や「展示室3」では、イヌやトリなど、その他の動物を描いた作品も展示されている。当時、珍しい犬種だったので人気が高かったというペキニーズの姿、子どもたちと戯れるイヌたち。「人間の友」に対する共感が、そこからは伝わってくる。

同時に行われている特集展示は「挿絵本『四十雀』 藤田嗣治とジャン・コクトー」。作家、ジャン・コクトーのテキストに藤田のリトグラフ21点を組み合わせたエディション番号付きの限定本(1963年刊行)の展示である。コクトーと藤田は仲が良く、2人の合作は、1936年にコクトーが日本を旅した時のことを綴った『海龍』(1955年刊行)に続いて2作目。四十雀は自由・解放・希望を象徴する鳥なのだという。フランスの伝統的な職業や風俗などにちなんで子どもたちが描かれているのだが、どこか異世界を感じさせる不思議な雰囲気が、『美女と野獣』や『恐るべき子供たち』といったコクトーの作品のイメージにマッチするのだ。かわいらしいネコたちとは、また違った藤田の魅力が楽しめる。

(美術展ナビ 田中聡)

Leave A Reply