『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』は、アニメーションの原点である絵の魅力を追求した作品だ。タイトルのとおり「絵画」を中心に、色彩の歴史や美術史をさりげなく織り交ぜ、巧みに物語を盛り上げていく。さらに、物語だけではなく絵が動くアニメーションならではの豊かな表現も大きな見どころだ。今回は「絵」というテーマに着目しながら、本作の魅力を紐解いていく。なお、解説の都合上、ラストシーンのネタバレが含まれるので、ご注意いただきたい。
本作は、44作目となる『ドラえもん』シリーズの長編映画だ。学校で絵の宿題を出されたのび太は、突然空中から落ちてきた絵の欠片を拾い、ひみつ道具「はいりこみライト」を使ってその絵の世界へ入り込み、少女クレアと出会う。クレアは現代では存在すら知られていない幻の国である、アートリア公国の出身だった。その国にはアートリアブルーと呼ばれる青色の原料となる希少な鉱石があり、のび太たちはクレアを帰してあげると同時に、その鉱石を探す冒険へと乗り出す。しかし、アートリア公国を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれることになる……という物語だ。監督は『映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 はばたけ天使たち』(2011年)などを手がけてきた寺本幸代が務め、脚本は2014年からテレビシリーズ『ドラえもん』にも参加している伊藤公志が担当している。
『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』は“オリジナル脚本”の良さを思い出させてくれる
オリジナル脚本作の批評性
3月7日公開の『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』で45周年を迎えた『映画ドラえもん』シリー…
本作はタイトルどおり『絵世界物語』というテーマを掲げており、作品全体で「絵であること」が強調されている。物語の始まりでは、新たに発見された13世紀の絵画に使われた鮮やかな青の顔料が、莫大な価値をもたらす可能性があるという専門家の解説が挿入される。青といえばドラえもんを象徴する色でもあるが、ここで重要なのは「時間を経ても色褪せない、鮮やかな青の色彩」だ。作中にはたまごを使って絵の色を追求するシーンが挿入されているが、現代のように多彩な画材がなかった時代には、色を得るだけでも非常に労力がかかった。特に青色の場合、鮮やかで時間が経過しても劣化しない顔料は希少価値が高かったため、聖母マリアの衣装など、特別な存在や高貴さを象徴する色として使われてきた歴史がある。
西洋美術で青といえば作中のオープニングでも登場する『牛乳を注ぐ女』を制作し、17世紀に活躍したフェルメールが有名だ。フェルメールは鮮やかな青を求め、宝石としても重用されるラピスラズリを顔料に用いたため、制作費が高騰したといわれている(※)。フェルメールが活躍したのは17世紀だが、それより前の13世紀に描かれた絵画で、しかも現代まで鮮やかな発色を保つ絵画が見つかれば、現実でも大きな話題になるだろう。こうした「青」自体が物語の起点となっている点からも、本作が美術史の考察に根ざして構築されていることがうかがえる。
さらに、本作の“絵”が動くアニメーションならではの豊かな表現にも注目したい。オープニングでは、葛飾北斎の『富嶽三十六景 神奈川沖浪裏』やフェルメールの『牛乳を注ぐ女』などの名画にドラえもんたちが入り込む姿が描写されており、作品の画風に合わせたキャラクターのデフォルメが見事に調和している。
また、絵画を題材としたことによる色彩表現にも目を見張るものがある。特に序盤でクレアが描かれた絵の中へ入り込むシーンでは、色彩をあえて淡くすることで、水彩画のようなやわらかな質感を出し、アニメーションが「絵」であることを改めて強調している。レイアウト面も巧みで、あたかも実際の絵画を観ているかのような感覚を味わいながら、そこを冒険するドラえもんたちの新鮮な驚きを観客も共有できるだろう。
こうした工夫は、のび太が描いた絵のドラえもんの自由な表現へと結実していく。後半では人間の持つネガティブな感情によって描かれた恐ろしい怪物たちが暴れ回り、ドラえもんたちも大ピンチに陥ってしまう。そこで、のび太が描いたぐにゃぐにゃの線で描かれたドラえもんが登場する。抽象的ながらも暖色を主体とした温かみのあるアニメーション表現は、救いの場面として説得力を放っている。まさに絵だからこそ表現できるドラえもんだ。近年は映像表現が多様化し、ドラえもんも3DCG化を果たしているが、本作は手描きアニメーションならではの表現を徹底的に追求した作品だといえるだろう。