ドラマ『アンサンブル』(日本テレビ系)が終盤に差し掛かっている。主演を務めるのは川口春奈。ここで「主演」という言葉を強調するまでもないだろう。彼女がいるだけで画面の空気が変わる。それはもう観ている側なら肌で感じているはずだ。ファッションモデル、バラエティ、俳優業など、多様なフィールドを行き来しながら、彼女はどの場所でも確かな爪痕を残してきた。しかし、いま川口を語るならば、やはり俳優としての彼女に焦点を当てるべきだろう。
川口が演じるのは、「たかなし法律事務所」に所属する弁護士・小山瀬奈。彼女は現実主義者で、仕事をきっちりとこなす真面目で慎重な性格。クライアントに親身に寄り添う手腕が評価される一方、恋愛トラブル案件ばかりを依頼されるようになった。両親の離婚と過去のトラウマから、恋愛に夢を見られなくなったという背景を持つ。そんな彼女の前に、新人弁護士・真戸原優(松村北斗)が現れ、価値観の異なる2人がバディとして協力しながら、互いに影響を与え合う物語が描かれる。
川口は2007年に女子中学生向けファッション誌『nicola』のモデルとしてデビューし、その後、俳優としても活躍の場を広げた。初期の作品では、等身大の役柄をナチュラルに演じることで人気を集めたが、近年の出演作ではより深みのある演技が評価されるようになっている。彼女のキャリアにおいて特に反響が大きかったのが、『silent』(フジテレビ系)だろう。本作では、主人公・青羽紬を演じ、言葉を交わさなくても視線や表情だけで感情を伝える繊細な演技が話題となった。手話を使うシーンでは、自然な動きとともに心情がにじみ出る演技を見せ、視聴者の共感を呼んだ。特に、相手の気持ちを理解しながらも、踏み込むことをためらう葛藤を描いたシーンでは、その演技力が際立っていたように思う。
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また、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』での帰蝶役も、彼女の演技力の高さを示す代表作の一つである。急遽代役として抜擢されたにもかかわらず、堂々とした立ち居振る舞いと、凛とした眼差しで物語を引き締めた。信長の妻という立場の中で、激動の時代を生き抜く女性の強さと繊細さを絶妙に演じ、歴史ドラマファンからも高い評価を受けた。これらの作品を通じて、川口春奈はナチュラルな演技から、感情の深みを表現する演技へと進化を遂げてきた。
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その成果は『アンサンブル』にも活かされており、主人公・瀬奈の複雑な感情を丁寧に描いている。とりわけ、恋愛と仕事の間で揺れ動く心理を、決して大げさではなく、リアリティをもって演じる手腕は見事と言える。
『アンサンブル』は単なる法廷劇ではなく、弁護士という職業を通じて登場人物たちが成長していく物語だ。そこに川口がどう関わってくるのか。この一点にこそ、ドラマの核があると言ってもいい。彼女が演じる瀬奈は、仕事では理路整然と立ち回りながら、プライベートではどこか不器用。恋愛を“コスパ”や“タイパ”といった合理的な観点で測るほどに慎重で、そんな彼女が優という理想主義者と出会ったことで、揺らぎが生じている。それは、視線の揺れや声のわずかな変化に表れる。
法廷では毅然とした態度を崩さない瀬奈が、ふとした瞬間に感情を飲み込む。目の前の相手に言葉を返すべきか、それとも押し殺すべきかという川口の演技は、その一瞬の迷いすらも映し出してしまう。『silent』でもそうだった。彼女のまっすぐな視線は、言葉以上に雄弁に感情を伝える。そして『麒麟がくる』では、時代を超えても揺るがぬ強さを滲ませていた。どちらの作品でも、彼女は余計な言葉を削ぎ落とし、視線と表情だけで物語を語ることができる俳優だった。
『アンサンブル』の瀬奈は、その延長線上にいる。彼女の演技は、決して派手ではない。だが、その抑えた表現があるからこそ、感情がこぼれた瞬間に視聴者は心を掴まれるのだ。
第5話でプロポーズを断るシーンで彼女は静かに、しかし確かな意志を持って「いま好きな人がいる」と告げる。そのときの目の強さ、しかしその奥に潜むかすかな迷い。それらが混在した演技に、思わず目を奪われた人も多いはずだ。視聴者は、川口の演技に嘘を感じることがない。瀬奈が戸惑えば、私たちも戸惑う。瀬奈が笑えば、私たちもつられてしまう。そのリアリティが、このドラマを支えているのだ。