記事のポイント
2025秋冬パリ・ファッションウィークで、トム・フォードの新クリエイティブ・ディレクター、ハイダー・アッカーマンのデビューが話題を呼び、ブランド再生の試金石に。
ドリス・ヴァン・ノッテンやジバンシィなど、多くのブランドでクリエイティブ・ディレクター交代が相次ぐが、経営的課題も顕在化している。
ラグジュアリーブランドの成長戦略として、クラフトマンシップの復活とブランドの一貫性が鍵を握る。
これほどまでに重要なファッションショーのシーズンは、過去にほとんどなかった。トム・フォード(Tom Ford)、ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)、ジバンシィ(Givenchy)といった主要ブランドにおけるクリエイティブ・ディレクターの交代が相次ぎ、新たなビジョナリーたちがラグジュアリーファッションの次章を築く様子を業界は注視している。その反応は、慎重な楽観主義から興奮に満ちたものまでさまざまである。
ハイダー・アッカーマンによる新生トム・フォード
業界に大きな波紋を広げた瞬間があるとすれば、それは3月5日に行われた、ハイダー・アッカーマンによるトム・フォードのデビューであろう。トム・フォードの元マーチャンダイジング・ディレクターであるエリン・マレーニー・ペイジ氏は、「こうした瞬間は5年に一度あるかどうか」と評し、業界において極めて稀なできごとであると述べた。アッカーマンは2024年9月4日にトム・フォードのクリエイティブ・ディレクターに就任し、メンズウェア、ウィメンズウェア、アクセサリー、アイウェアを含むすべてのファッションカテゴリーの責任を即座に引き継いだ。
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アッカーマンが手がけたトム・フォードの美学は、期待通り洗練されており官能的でありながら、そこに新たなモダニティを吹き込んでいた。ローライズのレザーパンツ、バターイエローやプールブルーの超ハイカットのドレス、そして鮮烈なリップスティック・レッドのトレンチコートが登場し、鮮やかな印象を残した。
ショーの終了後、アナ・ウィンターがスタンディングオベーションを送ったことは、業界全体からの高い評価を示していた。しかし、真の試金石は商業的な影響である。トム・フォードは、創業者トム・フォードが2022年にブランドをエスティ・ローダー(Estée Lauder)に売却した。その後に売上が急落し、2024年第1四半期の純売上高は10%減少するなど、ブランドの立て直しが求められていた。
トム・フォードは2023年からゼニア・グループ(Zegna Group)の管理下にあり、特にウィメンズウェアの品質向上が期待されている。ウィメンズウェアの生産をインハウス化することで、より一貫性のあるブランド展開が可能となる。
ゼニア・グループ成長の原動力に
新しい経営体制の下で、すでにポジティブな成果が見られる。1月27日、ゼニア・グループは2024年の通期収益が、前年同期比2.2%増の19億5000万ユーロ(約20億9000万ドル)を記録したことを発表した。この成長の原動力となったのがトム・フォードであり、特にアメリカ市場では年間売上が14.6%増加した。ゼニアの構造的な経営のもと、トム・フォードは短期的なクリエイティブな試みではなく、長期的なブランドポジショニングに注力することが可能となった。ゼニアのグローバルなメンズウェアおよびレザーグッズのインフラを活用しつつ、トム・フォードのラグジュアリー性を維持することで、製造能力やサプライチェーンの管理、スケーラビリティが強化される。トム・フォードはコメントへのリクエストに応じなかった。
「ハイダー・アッカーマンのトム・フォードは本当に素晴らしかった」とペイジ氏は述べ、「彼は完璧にやり遂げた」と称賛した。ペイジ氏はまた、アッカーマンがトム・フォードのDNAを深く理解していたため、移行が非常にスムーズに見えたとも指摘している。
一方で、トム・フォードの美学が時代と乖離してしまう可能性も懸念されている。「今日の市場でトム・フォードを時代に即したものとして維持するのは容易ではなく、デザインは美しいものの、現実からややかけ離れていると見なされる可能性がある」と、ラグジュアリーアドバイザーのスザンナ・ニコレッティ氏は語った。
ブランドのDNAを継承 ドリス・ヴァン・ノッテン
アッカーマンのトム・フォードが大きな議論を呼ぶなか、同じく3月5日に発表されたジュリアン・クラウスナーによるドリス・ヴァン・ノッテンのデビューコレクションは、より控えめなものだった。「ドリスが去ったことを知らなければ、違いに気づかないだろう」とペイジ氏は述べた。ブランドは新たなクリエイティブ・ディレクターの変更についてコメントを控えている。クラウスナーはブランドのDNAを継承しながらも、贅沢なテキスタイルの実験、レイヤリング、ジャカードの巧みな使い方を強調した。ペイジ氏はそのアプローチを「思慮深く知的」と評価し、「過去と現在をつなぎたいという意志が強く感じられた。アクセサリー、レイヤリング、テクスチャー、生地のディテールまで、すべてが洗練されていた」と語った。
クラウスナーは2024年12月にドリス・ヴァン・ノッテンのクリエイティブ・ディレクターに就任したが、そのリーダーシップが財務的にプラスかマイナスかを判断するのはまだ時期尚早である。
クリエイティブ・ディレクター交代の弊害
近年、業界では過剰なクリエイティブ・ディレクターの交代が続いており、多くの関係者がブランドの根本的な課題解決にはつながらないと考えている。ファッションストラテジストのクリストファー・モレンシー氏は、「新しいクリエイティブ・ディレクターの採用によって新しさを生み出そうとする傾向が強すぎる」と指摘し、「それが万能の解決策であるかのように扱われているが、実際にはストアデザイン、チーム、コスト構造、セットデザインなど、すべてを混乱させる。CEOは『これが本当に機能するという証拠があるのか?』と問い直すべきだ」と語った。
ラグジュアリーブランドの減速は、単なるブランドパフォーマンスの問題ではない。消費者層の変化、経済の不確実性、中国市場での需要低迷などにより、価格設定、エクスクルーシビティ、リテール戦略の再考を迫られている。
レッドカーペットを舞台にしたジバンシィ
サラ・バートンがジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに就任し、3月7日に行われるデビューコレクションに注目が集まっていた。このショーは、パンデミック前以来、ブランドにとって初の本格的なコレクション発表の場でもあった。バートンは2024年9月にジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに任命されたが、同ブランドはクリエイティブの方向性が安定せずに苦戦していた。前任のマシュー・ウィリアムズが去ったことで、バートンはアレキサンダー・マックイーン時代に培った経験を活かし、ジバンシィのオートクチュールの伝統を再構築しながら商業的成功を収めるという課題に直面している。ジバンシィを所有するLVMHは、2024年通期の売上高が約883億ドルと、前年から2%減少。営業利益も14%減の204億ドルに落ち込んだ。
バートンはランウェイデビューに先立ち、すでにレッドカーペットでのプレースメントを試みていた。2月のアカデミー賞では、エル・ファニングとティモシー・シャラメが新生ジバンシィをまとって登場し、話題を呼んだ。「デザイナーがデビュー前にレッドカーペットでルックを披露するのは興味深い」と、ペイジ氏は指摘する。「彼らはセレブリティを最初のランウェイとして活用しているのだ」。
クロエ 求められる経営視点
とはいえ、2025年のファッション業界では、クリエイティブ・ディレクターの芸術性だけでは不十分だ。経営陣との密な連携も求められる。ニコレッティ氏は、「アクセサリーやレザーグッズに特化したデザイナーでない限り、売上に与える影響は限定的だ」と指摘する。ロエベ(Loewe)のジョナサン・アンダーソンのような例を見れば、それがよくわかる。
こうしたなかで、クロエ(Chloé)はまさに試練の時を迎えている。ガブリエラ・ハーストが商業的成功を掴めずに去った後、新たにクリエイティブを率いるシュメナ・カマリには、ブランドのビジョンを形作ると同時に、売上の立て直しも期待されている。クロエは、2023年11月にブレスレットバッグ、2024年2月にパラティ24、同年初頭にカメラバッグを発売し、業績の改善を図った。しかし、親会社のリシュモンは2024年通期で「その他」部門(クロエを含む)において4300万ユーロ(約4670万ドル)の損失を計上しており、依然として商業的な課題に直面していることが明らかとなった。
モレンシー氏は、ブランドがクリエイティブ・ディレクターの交代を万能薬のように考えるべきではないと警鐘を鳴らす。「ブランドはより広範な文化的関与と顧客体験の向上に焦点を当てるべきだ。我々は借りるのではなく、自らのものにしていく必要がある。多くのブランドがスポーツやアート、音楽といった分野に手を出しているが、本質的にそこに根ざしていない。今こそ、もっと大きな視点で考えるべきだ」。
ジル・サンダー メイヤー夫妻退任後の体制
同氏は、真のパートナーシップを築いているブランドの例として、いくつかの事例を挙げる。ジル・サンダーは2025年3月に開催されたデザイン&ファッションフェア「マター・アンド・シェイプ(Matter and Shape)」をスポンサーし、ミュウミュウ(Miu Miu)は2011年から続く「ウィメンズ・テール(Women’s Tales)」シリーズを継続している。このプロジェクトは、2012年からヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映されてきたが、直近では2025年2月13日に英ロンドンのカーズン・メイフェア・シネマで新作「アウトビオグラフィア・ディ・ウナ・ボルセッタ(Autobiografia di una Borsetta/あるハンドバッグの自伝)」(ジョアンナ・ホッグ監督)を発表した。この作品はミュウミュウのハンドバッグの旅を描いたものだ。
ジル・サンダーでは、クリエイティブ・ディレクターの交代が新たな局面を迎えている。ルーク&ルーシー・メイヤーの退任がミラノ・ファッションウィークで発表され、新たな章が開かれると期待されたが、すでに混乱が始まっている。ファッションメディア「1 Granary」のサブスタック(Substack)によると、メイヤー夫妻の退任後、社内ではすでに解雇が始まっているという。後任はまだ発表されていない。この状況は、ダニエル・リーがバーバリーの改革を進めた際の動きと重なる。リーは新しいチームをほぼゼロから立ち上げ、ブランディングから製造プロセスに至るまで大幅な刷新を行った。
モレンシー氏は、こうしたクリエイティブ・ディレクターの交代がもたらす運営上の課題を強調する。「これは単なる交代ではなく、仕事の進め方そのものが変わる。工場、チーム、サプライチェーン、コスト構造、セットデザイン、マーケティング——すべてが一新される」。
クラフトマンシップ回帰は復活の鍵となるか
業界はいま、分岐点に立たされている。2024年の厳しい年を経て、ラグジュアリーブランドの多くは復調の兆しを見せる一方で、依然として厳しい状況にある。ケリング(Kering)は2024年第4四半期の売上が12%減の43億9000万ユーロ(約48億ドル)、グッチ(Gucci)の売上は24%減の19億2000万ユーロ(約21億ドル)に落ち込み、グループの営業利益は46%減の25億5000万ユーロ(約28億ドル)となった。LVMHは通期売上が1%増の847億ユーロ(約928億ドル)となったが、営業利益は14%減少した。
そうしたなか、伝統的なクラフトマンシップへの回帰が見られる。トム・フォードのアッカーマンや、ドリス・ヴァン・ノッテンのジュリアン・クラウスナーのような取り組みがその一例だ。
「この価格帯の製品では、顧客は今や職人技の手作業による高品質なデザインを求めている」と、ペイジ氏は指摘する。それは、1990年代のラグジュアリーが持っていた本来の価値観を想起させるものだ。
[原文:Paris Fashion Week Briefing: The real cost of a new creative director
]
Zofia Zwieglinska(翻訳・編集:戸田美子)