鴻田は俊が無事に両親の元に帰れたことに胸を撫で下ろす一方、取り調べで黙秘を貫くジェンビンが気がかりだった。このままだと彼は未成年略取・誘拐罪として起訴されてしまう。未成年略取・誘拐罪は3か月以上7年以下の懲役刑が科される重罪だ。そんな中、ジェンビンが俊のことを「ユーハン」と呼んでおり、本来の名前を知らなかったことに疑問を持った鴻田は、通訳人たちの協力を得て、数え切れないほどの行方不明者が登録されている中国の情報掲示板の中から「ユーハン」という子供を見つけ出す。
ジェンビンは誘拐された息子のユーハンを探す資金を稼ぐため、技能実習生として日本にやってきていたのだ。中国で今も息子を捜索する妻に、働いて仕送りをする。そうしている間は、いつか息子に会えると信じられたのかもしれない。立ち止まったら、心が折れそうだったのではないか。そして在留期間をとっくに過ぎ、10年が経った頃、“ボランティア”と呼ばれる男から今回の話を持ちかけられたのである。

俊のことは知り合いの子供だと説明されていたジェンビン。だが、誘拐の文字が頭をよぎったのだろう。突然、子供を奪われる苦しみは誰よりも知っている。だから、彼は帰国できるチャンスを棒に振ってまで、信頼できる鴻田のもとに俊を連れていったのだ。結果、未成年略取・誘拐罪での起訴は見送られ、ジェンビンは代わりに入管法違反で起訴されるが、執行猶予がつく可能性が大きい。それだけじゃない。“ボランティア”が無料でパスポートを用意してくれるはずがなく、ジェンビンは帰国したら最後、犯罪組織に売られていた可能性もあった。
そして何より、有木野を通じて伝えられた「ユーハンがあなたを守ってくれました。あなたとユーハンは、まだ生きて会えるチャンスがある。だから必ず生きて」という鴻田の言葉が、彼を生かしてくれるのではないだろうか。不法滞在者も、誘拐された子供も、あまたに存在するが、その数だけ人生がある。決して大勢の中の一人として軽視しない鴻田の姿勢が、ジェンビンの身も心も救ったのだ。

それと対極にあるのが、“ボランティア”のビジネスだ。その正体は第2話のラストに登場し、有木野の頬にキスした怪しい男・シウ(絃瀬聡一)であり、彼は人身売買のブローカーだった。オーバーステイという弱みに漬け込み、利用する。自分が売った人間が、どういう人生を送り、どんな思いで生きているかを想像すらしないのだろう。もはや人間とすら思っていない。アリサとともに戸籍売買に手を出すも、怖くなって警察に相談しようとしていた同僚の女性が“ボランティア”に捕まった後、どんな目に遭ったのかも容易に想像できてしまう。これから彼は鴻田と有木野に最大の敵、いや、もしかしたら手を差し伸べるべき存在となるのかもしれない。

『東京サラダボウル』松田龍平が放つ色気が凄まじい 『舟を編む』と重なる“言葉”を知る意義
言葉は生き物だ。新たに生まれる言葉もあれば、死んでいく言葉、時代とともに意味や用例が変化していく言葉もある。例えば、「やばい」と…
鴻田に少しずつ笑顔を見せるようになった有木野の過去も徐々に明らかになっていく。4年前、1人の男性(中村蒼)と寄り添い合っていた有木野。他人と距離を置くようになった背景には、彼とのことが関係しているのだろうか。
■放送情報
ドラマ10『東京サラダボウル』(全9回)
NHK総合にて、毎週火曜22:00〜22:45放送
NHK BSP4Kにて、毎週火曜18:15〜19:00放送
再放送:NHK総合にて、毎週木曜24:35〜25:20放送
出演:奈緒、松田龍平、中村蒼、武田玲奈、中川大輔、絃瀬聡一、ノムラフッソ、関口メンディー、朝井大智、張翰、許莉廷、喬湲媛、Nguyen Truong Khang、阿部進之介、平原テツ、イモトアヤコ、皆川猿時、三上博史
原作:黒丸『東京サラダボウルー国際捜査事件簿―』
脚本:金沢知樹
音楽:王舟
メインテーマ曲:Balming Tiger
メインビジュアル・デザイン:大島依提亜
メインビジュアル・スチール撮影:垂水佳菜
演出:津田温子(NHKエンタープライズ)、川井隼人、水元泰嗣
制作統括:家冨未央(NHKエンタープライズ)、磯智明(NHK)
プロデューサー:中川聡子
写真提供=NHK
苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。
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