中村俊輔(サッカー元日本代表10番)の人生に欠かせない6人とは|6 Persons|CONNECTORS

[音楽] 師匠って呼んでるんですけど基本技術と もう情熱この2つ成長とかもがいてるのを 待つドなあこれ自分と同じことしてるこの 人と思って最大のライバル [音楽] は6パーソンズ今日は私の人生に欠かせ ない6人を紹介します え大切なことを教えてくれた人味野FCの 若林吉男先生ですえ僕は幼稚園の時に 初めてサッカーの指導を受けた先生なん ですけども情熱的な指導ですね一言で言う とうんま僕ら幼稚園になったんですけどま 基本技術とま情熱この2つですねうんま よく言ってたのがなんかミスは許すけど サボりは絶対許さねえていうのがよくうん 言われてましたねだ要は自分に負けるなと か自分になんですか限界を作るなとかそう いう精神面の部分でいっぱい指導受けまし たはいやっぱりこう自分の人生の土台で ある幼少期な時に大事なことを教わったか なまそれが土台としてあるんであはこう 上積みされていったなっていうのでで 振り返ると自分に影響を与えてくれた方な んでま恩師ですはいで決めた時に一番最初 に電話しましたはいえお前指導やるのつっ てなから指導者論みたいなのは話しました ねこうしてるってよりも見届けるの大事だ とか寄り添うことですねうんなんかこり 挟んだりしたがるしたくなっちゃうと思う んですけどそうじゃなくてこう待つ成長と かもがいてるのを待つっていうのは大事 だっていうのはおっしゃってまし たスキルを真似したい人はディエゴ マラドーナですマラドーナ最初に見たのは 86のメキシコワールドカップいやもう びっくりした最初1人でえあれはだから イングランドだイングランドかなとやって 4人か5人抜いてで自分は当時まだ小学生 だったから同じようなことできてたんです よねあこれ自分と同じことしてるこの人と 思ってで同じ左利きだしそっからもう 釘付けになりました今みたいにどこでもね タブレットで見れる携帯で見れるって時代 じゃないんでえっとねスポーツ店行って ビデオ買いました何回も見てうまさじゃ なくて魅了するプレってこういうなんだ みたいなちょっとラボーナみたいでこう そんなことやないで普通にればいいのにっ と思うけどなんでこの人やったのかな みたいなだからこう相手のなんか異をつく プレとかそれで入った時のこのなん相手に 対する敗北感をもっと味わわせるみたいな そういうただうまいだけじゃなくてそう いうのがいいなと思いましたそうそうボカ ジュニアズってとこでプレイして アルゼンチンのまだマラドなアルゼンチン にいる時若い 時なんかこう左でアウトでボール持って わざと連打を食いつかせてシュート フェイントするって真似し て切符ちょっと前でいんじゃないですか その上をこうループするんですけどそれは マイナスの時もできたしスケルティックの 時も1回やりました うんだ真似事なんですよ俺はほとんど いろんないい選手だけどそっから自分のま スキルはちょっと加えけ加えてってま レベルは違うんすけどそういうアイデアを もらえる選手 なんて真似真似したくなるプレがいっぱい ありまし た絶対に超えられない人はジネディーヌ 時男 です理由って言ったって超えられない でしょそんでもなんかやっぱマラドーナは こうやって対戦でできないけど時男はでき たからメッシュが出てくるまでみんな 宇宙人って言ってたぐらいなんででそれの すごさっていうのはやっぱあんな大きくて あの体触れないし人に当たれないでボール に触れないでしょでカレーにいろんなとこ でやるからこう雰囲気っていうかゲームの 支配1人でできちゃうっていうかそういう 選手は自分もなりたいなと思ってやってた んで見ててもそうすだからこうスタジアム も1人のワンプレイワンプレイで持っ てけるん でまリソース いやだからあん時は自分が海外行くか行か ないかみたいな時だったんでやっぱりま 時男もそうですけどフランス代表に世界と の差っていうか見せられたゲームだったん でま時男もそうすけどあでも早く外出ない と置いてかれると思った試合だった決意を が 固く決めだるを得ないゲームだったんで いい試合でしたあもう全然通用しなかった まずいななこれっていう感じでしたね代表 的に自分個人的にで時間が経ってうちに 自分もいつもそうなんですけどなんかユグ が湧いてくんですよねその時はメンタル 落ちるんですけどその繰り返しずっと ワールドカップで出れない時もそうだしで もその2年後ぐらいにそう頑張ったらJ リーグでMVPもう1回取れたりとかで 結局はなんかサッカーがうまくなりたい みたいなのが根っこにあるんでその根っこ ってなんだたら結局若林先生に戻るんです けどサッカーの厳しさと楽しさを教えて くれただ結局やめられないですよねうく なるためにどうにどうするかっていうのを もう小学生の時に教えられたってよりも なんかそのそのサイクルみたいのの毎日を 作ってくださったんでそれをずっと 繰り返したら今になっかていう感 [音楽] です目標にしてきた人は川口義さん です師匠って呼んでるんですけど師匠です ね人の師匠ですね自分が プロに油断したチームの横浜マでま代表の 選手が何人もいたし練習中だけでもすごい なんだろうなもう毎日がねなんか入団も テストみたいな感じでピリピリした空気 だったんでそれがすごい良かったんです けどまそれでも結構一緒にいた時間あった んででそれがプロがこうなんだっていうの はすごい高い位置のレベルの人なのに自分 では日常にたんでだからすいう目標が目標 っていうかその高くそもそも持てたって いう俺になんかアドバイスとかしないです 吉川さん女のレベルで自分のペースで グイグイ上行くんでで自分はそれに合わせ てついてくっていう感じで合宿も一緒に やらしてもらったりまたグランド場の プロフェッショナルさあと は細かいとこの大事なんですけど気づくか 気づかないかとかワンプレイワンプレイ そういうとこはやっぱ見ててあとは自分の シュート1年目なのにシュート受けてくれ たりするしだから自然と自分のレベルって ね上がるじゃないですか毎日毎日いそう いう環境を作ってくれ たま今お互いベンチでいるけど苦しいけど やれることやってチーム支えて頑張ろう ぜっていうような自分のことだけじゃなく てやっぱ全体のこと見れて僕の心情まで さしてそういうことができるっていうのが ああ人として素晴らしすごいなって思い はい自分が逆に見えてなかったんでうん プレイ以外が結局は人間性だと思うんです けどそこを含めて目標にしてきた人だ です一緒に戦ってきた人ははい妻です今年 2020年目なんですけどその家族もそう だしま両親とかもそうですけどなんかただ こう応援して見守ってるだけじゃなくて やっぱこうグランドは立てないけど いろんなとこでプレッシャー受けながら なんか生活とか生きてるわけじゃないです か大変な思いっていうか視点だな土俵は 違えど一緒に戦ってきただなっていう意味 で戦友なんじゃないかなと思いますはいま 自分が行き詰まってる時とかは状況の話は しますけどバってなんか言ってる時とか 素人目線なんだけどなんかなるほどなって いう ことは多い近くにいるからねだからそこが しっかりしてかすごやってもらってるんで 自分はプレイにっていうかサッカーに集中 できたはありますねなんか言ったっていう かあげまし たとかプレゼントと かなんす [笑い] か最大のライバルは自分自身ですなんか やっぱ現役中はうまくいってない時ね 自分に負けるじゃないですけど弱気かなに なる時があって自分ではやってんだけど チームだったりそれよりもうちょっと 大きい枠で考えた時はうまくいかなかった 時に自分までそこまでこううまくいかない 方に行っちゃう時があるからそこでじゃ 自分をどうしたらいいかみたいなそこのま 戦いは結構あったんで 引退決めて終わって引退 試合の時ぐらいになんかこう満足感が すごいあって悔いがないって思った時に 自分自身に勝てたのかなっていうのは感じ 考えたかなうん まあ負けてる時はどういう時なのかが ちょっとわかんないけどあああでもその 時間も好きスペイン時なんかそうでしょ まだ家族ががこっち来る前にもう自分が 試合出れなくなったりうまくいかなかっ たりしてあんな盛大になんかこう迎えを 入れられたのにだからもう速攻新聞とかは さメディアは期待外れベストなみたいなに 入っちゃってるわけじゃんで家帰ったら すっごい大きい部屋あれに1人だよキベ ッキー ベットで次の日また練習があるつって結構 きつかったけどそういうきついきつい シーズンとかステーションが結構いっぱい あったじゃないワールドカップの時でも そういう時が一番なんかもがくとその後に 伸びるっていうのを知ってるからだから今 だっていうので構えられたり色々改善でき たていう意味では先生活終わった時に自分 カットていうかなんて言かのが向き合えた じゃん自分自身と向き合えたっていう逃げ ないでそれは自分の中では良かったか なあんま繋がってなくないいろんな人と うんもそうだしあれだけど信頼こっちから したい人とされたい 人がされたい人はこう繋がってきたいって いうのはあるかなあとやっぱなんかこう 自分がこう大きくなれるっていうかサカー も人としてもそういう人とは繋がってた いっていう感じがすうん自分1人じゃない んで支えてくれた人はいるわけなんでそう いう人はあっての 立ってられたってのもあるんで家族も含め てそうですけど相談してくれたりとかそれ をあんま逆に言わないでそっとしておいて くれたりとかそういう方々が周りにいたの は大きかったます1人じゃやっぱ無理だと 思い ます繋がるは 全身繋がるは勇 繋がるは 絆繋がるは 喜び繋がるは 力コネクター 指導コネクターYouTubeで公開中 繋がるを力に

サッカー日本代表の10番を背負い、26年にわたる現役生活の中でたくさんの名シーンを生み出した中村俊輔さんが、人生に欠かせない6人について語る。「大切なことを教えてくれた人」「スキルを真似したい人」「絶対に超えられない人」など、アスリート人生に大きな影響を与えた6人とは?
提供:au

チャンネル登録はこちら
https://www.youtube.com/@numberchannel

【動画目次】
00:00 OP
00:30 大切なことを教えてくれた人
02:08 スキルを真似したい人
04:07 絶対に超えられない人
06:18 目標にしてきた人
08:13 一緒に戦ってきた人
09:24 最大のライバル

■CONNECTORSとは■
チームメイト・家族・サポーターなど、ピッチ内外で多くの人やモノとつながるアスリートの「つながる力」を深掘りし、「つながる」ことの大切さを伝えるスポーツインタビュー番組。

『6 Persons』(シックス パーソンズ)
アスリート人生に大きな影響を与えた6人との“つながり”を深掘り
『Love 5』(ラブ ファイブ)
アスリートが大切にするモノ・コト5選
『2 Circles』(ツー サークルズ)
試合と練習もしくはオフ、2つの時間(Circle)から見えてくるアスリートの素顔

これらをテーマに、スポーツファンはもちろん、そうでない人も楽しめるようなコンテンツを発信していきます。

■最新情報はこちら■
NumberWeb特設ページ『CONNECTORS』
https://number.bunshun.jp/list/special/connectors

X

Instagram
https://www.instagram.com/number_edit/

■キャンペーン■
auからCONNECTORS配信記念プレゼント! 300名様に1,000Pontaポイントが当たる!
2024/7/31(水)まで
https://camp.auone.jp/campaign/0ff21d8efa163f9ce0aa78c2

【中村俊輔(なかむら しゅんすけ)】
1978年6月24日、神奈川県生まれ。1997年に横浜マリノスに入団。22歳の時にJリーグMVPに輝く。2000年にシドニー五輪に出場。2002年にイタリアのレッジーナ、2005年にスコットランドのセルティック、2009年にスペインのエスパニョールに移籍。セルティックでの2006‐2007シーズンには、スコットランド・プレミアリーグMVPを獲得した。2010年に横浜F・マリノスに復帰。2013年に2度目のMVPを受賞した。ジュビロ磐田、横浜FCを経て、2022年に現役引退。日本代表として長きにわたり10番として活躍し、2006年、2010年のW杯に出場。Aマッチ98試合、24得点。現在、横浜FCコーチ。

#スポーツ #sports #中村俊輔 #CONNECTORS #サッカー #サッカー日本代表 #マラドーナ #ジダン #Jリーグ

21件のコメント

  1. 9:27
    この応えを出すことが
    ただかっこいい
    (てっきり「小野伸二さん」と仰るとばかり思っていた自身の浅い考えが不甲斐ないです
    反省です)

  2. 上手くいっていないときの話が印象的でした。勝負の世界に限らず、腐らない精神を見習いたいです。だからこそ、一流選手で居続けることができたのだと納得しました。

  3. あの頃、ヒデとか俊輔の試合を毎週追いかけていたけど、挑戦する姿を観ていて当時と同じようにワクワクする感覚をいま遠藤航に感じている。決してフィジカルに恵まれているわけではないのにレギュラーになって頑張ってる姿には日本人としてとても励まされる。

  4. 私も過去最高のプレーヤーはジダンです。何でもできて弱点がないイメージ。いまジダンみたいな選手いないですよね。

  5. 勘違いすんなよ。
    一緒にすんなよ。
    オマエは特別な選手じゃねぇかんな。
    そうオマエは特別な選手じゃねぇの。ファンタジーなんていらないの。
    シンプルにやればよかったの。
    キックは非凡なものは確かにあった。
    ただキックの種類は少なかった。

  6. 通訳帯同。
    身体強化無視。
    オフは温泉。
    FK練習は熱心。
    メディア使ってチームメイト批判。

    情熱?

    ハ?笑わせんなよ。
    オマエに情熱も覚悟もスピリットも誇りもなんもねぇよ。

    やんだよ選手はみんな。
    夢だから好きだからもっと上いきたいから。

    オマエなんにもしてない。
    なんにもして事なかったから
    W杯でなんにも出来なかったんじゃねぇか。

    少しでも弱点を補う事したか?

    オマエはなんにもしてないよ。
    なにもムキムキなれって言ってんじゃない。
    陸上選手になれって言ってんじゃない。
    オマエは弱点だらけの選手なんだから。
    ただ、非凡なところもあったよ。
    キックは見事だよな。

    ふんわりクロスだけじゃなくて
    色々やれたんじゃねぇの?

  7. 私はマラドーナの試合のプレーよりリフティングしてる映像の方が衝撃だったな。

  8. 俺の車で
    俺の運転で
    俺のスピードで
    俺のペースで
    俺のタイミングで
    俺が寄りたい場所に寄り
    俺が行きたい場所に行く。
    俺の道順で俺が連れて行く。

    俺が俺が俺が俺が…。
    もうね、マジでうんざり。

    2度と日本代表サッカーに関わらないでほしい。
    謝ってほしいぐらいだよ全く。

  9. なぜ、この選手が引退した今でもメディアに取り上げられレジェンド扱いされるのが意味わからない。

    何度も申しておるが、日本サッカー史にかすりもしない選手。

    その証拠として、どんどん後輩に所属クラブの格、リーグの質も追い越されている。そりゃあW杯でなにも出来ない。

    そもそも実力が足りてないんだから。

    混乱を与え進化を止めた日本代表暗黒時代の象徴ともいえる選手。

  10. 俊輔はテクニックの人かと思っちゃうけど、
    突出してるのは人間力だね。
    出した答え(人)に人間力を感じる。
    取り巻く人間は沢山居たんだろうけど、
    ワールドワイドな視野がありながら、パーソナルな視野を大切にしてると思う。

    俊輔が俺の生きる目標だ!

  11. この世代の選手って中田英寿の名前を自分から頑として出さないよな。
    ヴォルデモート並に呼んだらいけないのかってぐらい。
    一番意識してるでしょ。

  12. DFとして初めてバロンドールを獲得した、ファビオ・カンナバーロがナポリのユース時代からマラドーナを見てきた彼は
    "ディエゴは、敢えて難しいプレーを選択していた、全てはお金を払って見に来てくれる観客を楽しませるために"
    って
    すごくよくわかる、サッカーへのパッションが半端ない

Leave A Reply