山口百恵が三浦友和に出会う前の”壮絶な物語”に一同驚愕…「スター誕生!」で発掘され花の中三トリオで活躍した歌姫になるまで

ずどんと底に立っているような女の子だっ
たとそう表現されてるのはえCBSソニー
のプロデューサーの酒井正敏さんという方
なんですねこの方は実はあの伝説の番組と
も言われているスター誕生いろんな歌手の
方を排出された番組になっておりますけど
もまそこで山口桃さんを獲得した方なん
ですねその方が山口桃さんを最初に見た時
ずどんとそこに立っているような女の子
だったとそのようにね表現されてるんです
よまそれはなぜかと言いますとま当時の
アイドルと言いますと天まりさんのように
なんと言いますかあの雲の上からね微笑み
かけてるような天使のようなねうん
あるいはメルヘンチックな主人公のような
イメージが定番だったと言われてますあと
は朝岡恵さんとかでしょうかねでそれに
比べると山口桃さんは普通の少女にしか
見えなかったしかしこのビワ
プロデューサーは彼女の大地を踏みしめる
ようなましさ
そしてひえまぶの古風な顔立ちに新しい
スター歌手の出現を予感したというんです
よいやこの人の先見の名というのが非常に
素晴らしいですよねま後から分かるような
ことですけどもねうんまその時点で第1
印象でそのように見抜いたということです
からねこれはすごいなとだその山口桃さん
の大地を踏みしめるようなましさというの
はやはりそのねプライベートでのいろんな
生殺がねきっと彼女をくしてたんだと思う
んですよねうん私が頑張らなきゃいけない
のという思いからそのスター誕生に挑んだ
というわけですからねその酒さんはえ
プロデュース戦略として成長家庭をその
まま歌にしていく支小説風の方法を選ばれ
たということなんですよ山口桃さんを育て
ていく上でその成長家庭それを物語的な風
にねしていこうという方向性を選んだと
いうことなんですよなるほど
って感じがしますよねそう言われれば
デビューした頃から考えていくと徐々に
徐々にこう大人の女性に変化していくなと
まさに変身物語だなという感じがねいたし
ましたよでそしてその結果的に第1期から
第3期と整理されるような少女の成長物語
が演出されていったということなんです
そこでま山口桃湯さんの第1期なんです
けども1973年昭和48年になります
けども5月デビュー曲あの年頃という曲が
ございましたこの曲から12作目シングル
の愛に走ってという曲ここまでが第1期と
されてるんですねで楽曲軍は千家和也さん
徳倉俊一さんを中心にして制作されていっ
たということなんですねでデビュー局年頃
こちらは同じ花の中産トリオのメンバーの
メンバーというか花の中産塗のですね桜田
純子さんを意識したま明るい軽快な曲だっ
たということなんですねしかしですねこれ
は山口桃さんのクールなイメージには
ちょっと合ってなかったんですよねまた
その宣伝にも力をなかなか避けなかったと
いうことで明らかな失敗策となってしまっ
たと言われてますそしてもっとストレート
に山口桃さんの個性を打ち出すべく青い差
が路線と呼ばれる企画を指導させたという
ことなんですよまあなんか生々しい感じに
ねなってくるわけなんですけどもそこで
セカンドシングル青い家事ではなんと
あなたが望むなら私何をされてもいいわと
いけない娘だと噂されてもいいとね
1314歳15歳の娘さんが言セリフでは
ないなと思ったんですけどもでもその清潔
であけない少女がそういった場面に出会う
ことを歌い上げられたということなんです
よねなからこれは相当にインパクトがあっ
たんじゃないかなと思われますよねだその
当時の同じ世代の男性諸君はもう何とも
言えない思いを抱いたんではないかなと
思いますよねでこの曲がヒットすることで
山口桃さんは正規の備わった成順となんと
いう表現なんでしょうかねまそういった
表現をされてるんですよねまた新しい
アイドルのコンセプトを体現されていった
ということなんですその曲以降ですね禁じ
られた遊び春風のいたずらと続きあなたに
女の子の一番大切なものをあげるわとま土
直球な感じがいたしますけどもねまその
ように歌い始める一夏の経験で青いさが
路線はピークを迎えられたということなん
ですようんそしてまいつまでも青いまま
じゃ生きられないということで徐々に熟し
ていくわけですよそして次なる展開として
酒井さんはあ洋子さん宇崎竜堂さんの
コンビを迎えられるんですいやこの2人を
ね指名したということもまあなんという
素晴らしさだとこれは本当にねすごいです
ようんこのお2人がいなかった山口桃さん
がねあそこまでになることはなかったかも
しれないと言ってもね過言ではないですよ
ねそのお2人を迎えてですね成長物語の第
2期をスタートしたということなんです
その第1弾が1976年に発売されました
13枚目のシングル横須賀ストーリーだた
ということなんですねでこの曲で山口桃
さんは愛されていないと分かっていながら
欲望に身を委ねる大人の女性を演じられた
とそしてまたイミテーション号
プレイバックパート2では若い男に対し
性的主体となる成熟した女性そして高級者
さえ運転する女性でありながらしかし同時
に男性に従属的でもある女性の姿が歌われ
ていったとやってられないわって感じです

ねうんでこうした可愛い悪女とも言うべき
局長1978年8月の絶対絶命まで続いて
たということなんですねしかしその頃です
ですね山口桃さんに恋人の影が見え隠れし
てきるということなんですよでその頃ま
実際に三浦友さんとの恋人宣言がなされる
に至って第2期の路線はまそこがねあの
継続するのには難しくなってきてしまった
ということなんですよねでその第2期の
途中だったんですが1977年10月に
発表された佐田正さんの作詞作曲あの名曲
コスモスという曲ですよ山口もさん塾と
忍耐の丁年の人生を送ってきた母とその娘
を歌った夜鍋をして手袋でも編みそうな
この母は日本における母のステレオタイプ
を完全に担っていたと悲しくて弱く慈愛に
満ちた母であって苦労すると分かってい
ながら娘を嫁がせる自分と同じ人生を歩ま
せようとするま残酷の母でもあったという
ようなねでもその道を選ぶしかなかったと
いうお母さんの切ない気がね非常に伝わっ
てくる感じですよねまそこをやはり佐田正
さんに描いてもらったということでいやあ
ま皆さんのね気持ちをガシっと掴んだん
じゃないかなと思いますよねだからあの世
のね娘さんを持ったお父さんはこの曲を
聞いた時にはもう泣かずにはいられなかっ
たんじゃないかなと思いますよねそして
お母さんもままそうもちろんなんですけど
もねでこうしてとぐ娘やホームを求める
悪女といった主題が次第に強調されるよう
になっで山口桃さんがその後谷村慎二さん
作作曲のいい日旅立ちによって第3期に
入るということなんですよで年下男性に
対してま性的主体となそして車で1人旅に
出たりしたこともあった悪女は今度は母の
背中で聞いた歌を道連れにし日本のどこか
に私を待ってる人がいるとそう信じ再び
1人旅に出ていくというね物語になるわけ
ですそしてこの娘はやがて日本の妻となり
日本のの母となることで近代家族の制度に
あの回収されていくことを選んでいくと
いうことなんですねそして今やコスモスも
いい日旅立ちも2007年に文化庁が返さ
した親子で歌いつごう日本の歌
100000に選ばれてるということなん
ですよでその学校消化の故郷やえ同様の赤
トボえ母さんの歌やこんにちは赤ちゃんと
並ぶ皇帝のポピュラー音楽になってると
いうことなんですねすごいことですよね
これはでまそこでまこの素朴な少女からま
正規を持った少女そして最終的には日本の
妻母へという成長物語こちらはま酒井さん
によるプロデュース戦略がま結果的に
たどった奇跡ではあるんですけどもでも
山口桃さんご本人の意思とか人格とは本来
は別物だということなんですがでも山口桃
さんが歌ってまこのプロデュースに乗った
からこそ表現されたことではないのかなと
も思いますよね彼女だからできたんでは
ないかなとも思いますよでも彼女が女の子
の微妙な心理そして歌という媒体を通し
自分の中で1つ1つ確認してきたよう思う
その意味で私は歌と一緒に成長してきたと
言っても過言ではないとまこれは山口桃
さんが引退マギアに出版されました青い時
という著書この中から述べられてるんです
ねで山口桃さん提供される歌を媒介にして
自身の成長を把握し意味づけていた中でも
彼女を大人の女性と成長させる導き手と
なったのが阿陽子さんだったんですねいや
本当に素晴らしい魚崎竜堂さんとねお2人
ですよ本当にねでそんな山口桃さん青い差
が路線を突き進む時に実はあの不良少女と
あの誹謗中傷などを受けられていたんです
よねま確かにねこれはかなり
センセーショナルなね歌詞の内容になって
おりますしねぱっと見普通のの少女が
そんなことを口ばしでばそりはま世間一般
的に親子さんとかがお言いたくもなります
よねでも同世代の娘を持つ母親からの多数
の苦情が寄せられていたというんですよね
ままあままそれはしょうがないかなと思う
ところですよでその山口桃さんが表した
その少女像そのような講義の声にも関わら
ず近代家族の規範を転覆させることは
なかったとま確かにそれはそうですようん
そこで山口桃さんは少女時代から愛し合っ
ていれば肉欲を含めて愛し合うは当然結婚
後ためらわず自然の導くままに子供を
産もうと思っていると考え恋愛と生殖の
一致を歌わないロマンティックラブの規範
を内面化していたということなんですね
ただ単にそのらしい的なね表現ではなくて
ロマンティックラブというねお話をされて
おりますよねでまたですね家庭は女がごく
さりげなくそれでいて自分の世界を
はっきりと確立することのできる唯一の
場所なのではないだろうかと主張するよう
にもなっていたということなんですよこれ
もま青い時の中でね語ってるんですよあ
やはりね自分の人生それまでの人生をね
思い返してきっと色々と考えてたんだろう
なという感じがしますよねだからも山口桃
さんの真の部分にあるのはもう温かい家庭
を作りたいとまその一心だったということ
ですよねそこで巡り合った三浦友和さんと
ねまご結婚されて本当にいい出会いをされ
たなと今もね思えるぐらいになっており
ますよでこの山口桃さんの主張が1920
年代以降確立した家庭内役割の遂行を通じ
た女性の主体化国民家とまそういった近代
家族のロジックが反復されたとそしてさ
さんまその後山口桃さんの成長後の戦略と
して将来はシャンソンなども歌っていっ
たらいいのではないかなどというプランも
検討していたんですねしかし彼女はありえ
たかもしれないシャンソン歌手の道は選ば
なかったむしろ女房として生きる道家族の
ためにキルトを縫う生活を選び結婚と共に
ステージにマイクを置き1歳の芸能活動を
封印したということなんですよねいやこれ
はまさに神がかってるなという感じがね
いたしますこの山口桃さんがデビューして
からの跡を追っていくとああ本当だその
通りだなという感じですよねでそこで山口
桃さんがあのデビューするきっかけとなっ
たスター誕生という番組なんですけどもま
これはですね意識的に作られた目論みと
言いますかねなんかそういう世界観みたい
のがあったんですよこれがま1970年代
日本のポピュラー音楽産業アイドルブーム
に湧いていましたでアイドルのレコードが
主力商品の1つになりテレビではアイドル
の出演しない音楽番組は成り立ちにくく
なってもいたでスター誕生はこうした
アイドルブームの中心にもあったという話
ですよねでスター誕生という番組は
アイドルの発掘プロセスそして
ドキュメンタリー化をされていったんです
ねでそれだけではなくてデビューの後
アイドルたちに対しても成長変身物語を
演じさせていったとそんな中あの審査院の
悪友さんま次のような文章を残されてると
14歳か15歳でデビューした少女たちを
どのようににして作品によって年齢を取ら
せていくかが大きな課題である途中から
考え始めたそしてこれはテレビという
メディアを中心に活動する場合かなり重大
なことであるとも思えた彼女たちの成長や
社会的印象の変化などを見つめ彼女たちの
内部に起こるであろう問題を取り込むこと
が不可欠になっていったんだ僕らは堂々
どうやって成人式を迎えさせるのがいいの
かねと頭を悩ませていたんだよと語ってる
ねなんかある意味お父さん的な存在になっ
てるという感じがいたしますよねスター
誕生出身歌手たちの楽曲これは歌い手から
独立した作品ではないと歌い手の成長と
いう意味を織り込まれながら捜索された
そうなんですね未熟でも何か感じるところ
のある人を選んでいたスター誕生はその
子供歌手がどのように選ばれるかだけでは
なくてどのように育っていくかという
プロセスを意識していたということなん
ですねでその長物語のベースには番組を
支える家族的なムードが非常にね強くあっ
たということですでまたそのスター誕生
出身のタレントさんたちはデビュー後も
番組出演や地方公演などを通じ関わり続け
たと言います他の子供そして歌手や
スタッフたちと新色を共にする機会も
多かったそのためスター誕生出身アイドル
番組スタッフ審査員たちはしばしばスタン
ファミリーなどとね呼ばれてたそうですよ
ああそうなんですねで芸能人を家族的な
意識や生活の中で育てるという手法自体
珍しいものではないとで以前からも用い
られていたんですよねま古いところで言い
ますと鍋プロのピーナッツザピーナッツ
ですねままたあのサンミュージックの
アイザーさんあね森田検索さんなどを自宅
に下宿させていたと岡田幸子さんとかね
松田聖子さんそしてあのノリピーなんかも
そうでしたよね彼らと家族同然の暮らしを
していたことで有名だがスター誕生は1つ
のテレビ番組の中でそうした家族的な
ムードを演出していったことに特徴があっ
たということなんですねまこういったあの
家族的なムードの中で成長変身物語は洗練
された雰囲気よりも素朴さに満していたと
いうことなんですで当時日本テレビのま
映像編集のアシスタンスをしながら
スタータの制作を見ていた方が語ってるん
ですけどもねスター誕生はかなり意識的に
芋っぽく泥臭く作られていたとま指摘され
てるんですよまそこががやはりあの見て
いる方々のね気持ちを掴んだんでしょうね
あの素朴な少女がどのように成長していく
のかとまその見てる側もねあの親のような
気持ちで温かく見守っていくということな
んじゃないでしょうかねそしてまたあの同
年代のね方々があの子と一緒に歩いていき
たいなとかそのように思うような番組に
なってたんでしょうかねそこでま余談なん
ですけどもあの番組スタッフとか審査員
本来来はかなりのおしゃれなさんだという
ことなんですねで流行そして海外の音楽に
も通じていて高級会社を乗り回すような
洗練されたおじさんたちだったとそれにも
関わらず彼らが手掛けている仕事の内容は
池田文男さんによる花の中産トリオなどと
いうネーミングを始めいかにもダサく
1970年代当時にあっても野暮な印象を
与えているそうした演出は意識してやった
としか思えないとまその方はねあの答えて
いたとということだったんですよねで
そんなスター誕生素朴な少年少女たちをど
さい成長変身物語を意識的に演出されて
いったとでそんな中で変身物語によって
トップクラスの人気を誇ることになったの
が山口桃さんだったというお話になったね
そう考えるとなんか山口桃さんのねまた見
方も変わってくるなという感じがしますよ
ね本当にいい方々と出会ったということ
ですよねま結果的には今三友さんとねこご
一緒になってあのキルト作家としても活躍
されていて幸せな家庭を気づかれたという
ことですからね本当に思い続けていけばま
願いは叶うよというね本当に代表的なお話
ですよねもう自分の気持ちを絶対曲げ
なかったまそこ揺さなかったというのがね
非常に良かったんじゃないかなと思います
よね第3期を終えてそのうちシャンソン
歌手にでもなったらいいのかななんてって
いう風なお話をされてましたけどもそれに
は乗らなかった結婚したら引退しか考えて
いないというねその気持ちもその強い
気持ちが今にあるということなんじゃない
でしょうかはいというわけで今回は山口桃
さんについて成長家庭をご紹介いたしまし
たそれではまた次の動画でお会いし
ましょうさよなら

山口百恵さん芯の強さが伝わってきました!
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#ふわふわちゃんねる#山口百恵#スター誕生

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