深夜に大音量ラジオと爆音ギター 桐島聡とみられる男 騒音トラブルで警察沙汰に【もっと知りたい!】【グッド!モーニング】(2024年1月30日)

近隣住民によりますと霧島容疑者と見 られる男はあちらの家の2階に住んでいた と言います外観を見てみますとマノガラス にはガムテープが貼られていて錆びついて いますねはごもかけられてい ます神奈川県藤沢市内の公務店に務めその 隣にある住宅で暮らしていたという霧島 容疑者と見られる 男あれはつい最近だよ あなんで今日仕事休みかやったらうん体の 調子悪いからこれから病院軍から安て言っ てそれっきりだそれっきりあってないうん それっきり合ってないってことはその後 入院しちゃったんじゃねの年末ぐらいに あった時は足ししいやちゃんとあしたよ ただ痩せたっていう感じだったけど あてのはなんかグッドモーニングの材に こう答えたのは疑とからにトラブルになっ たことがあるという男性です自分の歩から のみて前はよく酔っ払って帰ってきてたよ もう何年前年以上経つだろなえ酔っ払って 帰ってきてラジオギンギンギンギンかけん から自分でギター引いた減ったなギターを エエキじゃなくてアコギターですかエエキ じゃないの普通のギターだ 普で歌歌うんだ もん男性が寝ていると突然聞こえてきたの はラジオやギターの爆音と霧島容疑者と見 られる男の 歌声俺夜中の12時頃起きてってドラで つけてったんだでそこに角材があるから あれでまだボンボン叩いてもさうるさいよ ていう海が遠いんだかなんだか ねあのとけてんだかなんだかわかんない けど拉致が開かないため近隣住民が警察に 通報したと言い ますあんまりうるさいからで本人に言って もわかんないから警察に電話してほんで来 たんだから警察が警察は当時霧島容疑者に 接触してたことになりますねそうだよ びっくりしたでしょうね本にね警察来たら それからもうラジオも一切かけないない ように な男性の証言によりますと年以上前警察は 霧島容疑者と見られる男に接触していた ことになり ます唯一逃亡生活で危なかった瞬間だった かもしれないうんでもあれじゃわかんない や警察だってわかんねえだろ多分えそれは なんでですかえ顔がまき違う もの内田ひと名乗り町に溶け込んでいた 霧島容疑者と見られる 男の岸で得な状態の中入院先の病院で警視 庁から任意調子を受けていましたが昨日朝 多くの謎を残したまま息を引き取りまし

た指名手配書に使われていた2枚の写真を 男性に見てもらうとあれの写真と似てまし たあの笑って笑ってる方じゃない方ああ はいはいうん手配写真と変わらないんです かお顔って同じようなお顔いや全然違う あんな50年前の写真なんて持って人って わかんないよ影はありますおかあるみたい だけど若干どこにありましたなんか口この 口周りと我々似てるかもわかんないけど俺 たち内田打出すってたから内田さん仲いい 人っていそうでしたこの辺りでえ中の良さ そうないないよちの付き合ねんてないもん ええ避けてる感じなんですかそれはそれは うちあのいや下げてる感じじゃない堂々と してるようんこのここの工事やったりさ なんだかんだ堂々としてんからそ舗装した のなんであいつが余った材料持ってきて 全部やったん だ男は近所の足場が悪い道を無償で整備し ていたと言い ます坂道のとコクにしたんじゃんあれも 全部内田がやったんだあこ道で滑っちゃっ て危なかったの店でっとコンクリを持って きて毎いぺにやんじゃねえんだちびちび ちびちび余った1車でさああ運んでき て騒音トラブルを起こしたり近所の道を 直したりと身を隠している様子はなかった という 男自宅から1kmほど離れた繁華街でも その姿は度々目撃されていまし た霧島容疑者と見られる男はこちらの飲食 店に通っていたと言いますえそして注文 する際は毎回このビールを頼んで美味し そうに飲んでいたということ ですお名前とかはもう知ってたんですか 内田さんていうあはいあのうちていう通り なであのみんな呼んでましたんでそういう あの認識ですね一番あのうちの店が自宅に 近かったんだと思うんですけどもそういう ところであの最後に来てビール23杯を 飲んで帰るま1杯だけで帰ることも多かっ たですし歌ったりあの踊ったりとかする ような感じの人ででも周りの人に迷惑 かける感じはなかったです ねマスターや常連客からウちと呼ばれてい た男は20年近く前からこの店に通ってい たと言い ます結構歌とかはお上手なんですかいや うまい歌って感覚はなかったですけどもま 好きで歌ってるんだろうなっていう感じ です ね店内では踊りながらロックを口ずさむ など陽気な姿を見せること も話しやすいカウンターテーブルですけど もなんかマスターとなんか相談とかの仕事

が辛とが疲れたとかていう普通のことです ねはい今日大変だったなとかいうぐらいの 話はありましたやっぱ音楽受信の話でま そのサンタのこのライブはいいよねとか そういった感じの会話が多かったですね 大体その1960年代ぐらいにサンタラが エッククラプトンていう人たちが日本でも 話題になるようになったんでその時代の頃 の音楽の話が多かったです ね1960年代といえば霧島容疑者は小 中学生の頃多な時期に霧島容疑者と見 られる男はを 過ごしていたのでしょうかそのおよそ10 年 後経費庁では12月10日東京銀座大西 ビル爆破事件は東アジア半日武装戦線狼 グループの反抗と団特別捜査本部を設置し た1974年から75年にかけて世間を 新刊させた連続企業派 事件三菱重行ビルの爆破では死者8人重継 勝者380人と爆弾テロ事件としては過去 最大の被害を出しましたああいう光景はね 本当に目にしたことなかったですねガラス のビルがこのその爆風で波を打ったんです よガラスがサラサラ落ちるんですよ背中に 刺さったり首切られたりはい それだから理事災害の方が大きかったです ね地獄ずみたい本当地獄エみたいなですね 厳しかったです ねこう語るのは当時警視庁の監視官として 複数の現場で捜査にあたった戸島さん です過激派メンバーの一員として霧島容疑 者もアジの床下に穴を掘りそこで爆弾して いたとされてい ます反抗隠すためには相当良い修道でそう いうのは残さない指紋1つも残ってれば 今日合わせるスプだったるはいそういう ことは自分たちも十分してて残さ ない男が霧島容疑者本人なのかDNA型 鑑定などが必要で未だ特定には ませ島さんは霧島容疑者が反世紀にも わたって逃亡を続けられたのは証拠を残さ ない慎重さがあったからではと分析し ます本人のね意思が硬い昔の仲間とは接触 してない声かけて今何やってるって会って みようかったら一発でねもうすぐ捕まっ ちゃうんだはいそういうても十分彼らじゃ 考えてのこだと思い ます一方で繁華街で飲み歩くなど大々な 一面も見せていた霧島容疑者と見られる 男犯罪心理学に詳しい専門家 はそこら辺あの大胆差っていうのもあの ある意味あの自信の裏返しというか自分の 騙しをあの警察も見破れないだろうという ような自分運のの高すぎる評価っていうん

ですかえそういうものが裏にあったんじゃ ないかという風に思い ます1度も逮捕されることなく逃亡を続け ていた霧島容疑 者自分は霧島サトです最後は本名で迎え たかっ た男が霧島容疑者本人であれば死の間に なぜ自らの崇を明かしたのでしょう か死前にしてですねあの残気の気持ちが 起こったとかそういう風に考えちゃうと もっと早く言ってるはずなんですよねケを 受けるあの可能性がま本人はもうないと 確信できる時点で行ったというのは世間を 驚かしてやろう自分の名前を残してやろう というような烈な自己えナルシシズムが あの理由だという風に考えた方が合理的か な と戸島さんも悔しさを滲ませながらこう 話しまし た本人の口からですねどういう風に今まで 50年間っていうのをですね逃げおしたか 一口話してもらえば色々今後の警書の捜査 大きな参考になると思っなくなったって いうことはね非常にあの寂しい とこ

 桐島聡を名乗る男が29日、病死しました。行きつけの飲食店では「うっちー」と呼ばれ、騒音トラブルを起こした際に自宅に警察が駆け付けていたことも番組の取材で明らかになりました。

■過去にトラブルになった男性「夜中12時頃起きて怒鳴りつけた」

 神奈川県藤沢市内の工務店に勤め、その隣にある住宅で暮らしていたという、桐島聡容疑者とみられる男。

桐島容疑者とみられる男の知人(80)
「あれは、つい最近だよ。『きょう仕事休みかよ?』と言ったら、(桐島容疑者とみられる男が)『体の調子が悪いから、これから病院に行くんだ』って。それっきりだよ。それから会ってない。それから会ってないってことは、その後、入院しちゃったんじゃないの」
「(Q.年末に会った時は足腰は?)いや、ちゃんと歩いてたよ。ただ痩せたっていう感じだった」

 取材にこう答えたのは、桐島容疑者とみられる男と、過去にトラブルになったことがあるという男性です。

知人
「飲み行って、前はよく酔っ払って帰ってきてたよ。もう何年前、10年以上経っただろうな。酔っ払って帰ってきて、ラジオをギャンギャンかけるから。自分でギター弾いてたよ、下手なギターを」
「(Q.エレキじゃなくてアコギ?)エレキじゃないね、普通のギターだろうね。歌も歌うんだもん」

 深夜、男性が寝ていると突然聞こえてきたのは、ラジオやギターの爆音と桐島容疑者とみられる男の歌声。

知人
「俺、夜中の12時ごろ起きて怒鳴りつけたんだ。そこに角材があるから、あれで窓ボンボンたたいても起きてこない。耳が遠いんだかなんだかね。とぼけてんだか、なんだか分からないんだけど」

 らちが明かないため、近隣住民が警察に通報したといいます。

知人
「あんまりうるさいから、本人に言っても分かんないから、警察に電話して、それで来たんだから、警察」
「(Q.警察は当時、桐島容疑者に接触?)そうだよ」
「(Q.警察来たら、びっくりしたのでは?)それからはもう、ラジオも一切かけないようになった」

 男性の証言によりますと、10年以上前、警察は桐島容疑者とみられる男に接触していたことになります。

知人
「(Q.唯一、逃亡生活で危ない瞬間?)でも、あれじゃ分かんないや。警察だって分かんないだろ、多分」
「(Q.それはなぜ?)顔がまるっきり違うもん」

■知人…手配写真とは「全然違う」

 内田洋と名乗り、街にとけこんでいた桐島容疑者とみられる男。末期の胃がんで重篤な状態の中、入院先の病院で、警視庁から任意聴取を受けていましたが、29日朝、多くの謎を残したまま、息を引き取りました。

 指名手配書に使われていた2枚の写真を男性に見てもらうと…。

知人
「(Q.どちらの写真と似てる?)笑ってる方じゃない方の写真」
「(Q.手配写真と変わらない?)いや、全然違う。あんな50年前の写真なんて分かんないよ」
「(Q.面影は?)面影あるけど若干」
「(Q.どこにありました?)口周りとあれ(目元)は似てるか分かんないけど、俺たち内田、内田って言ってたから」
「(Q.近所で内田さんと仲良い人は?)いないよ。近所の付き合いなんてないもん」
「(Q.避けてる感じ?)いや、避けてる感じじゃない、堂々としてるよ。ここの工事やったりさ、なんだかんだ堂々としてるから。この舗装したのなんか、あいつが余った材料持ってきて全部やったんだから」

 男は近所の足場が悪い道を、無償で整備していたといいます。

知人
「坂道のところ、コンクリ(で舗装)してあんじゃん。あれも全部、内田がやったんだ。砂利道で滑っちゃって、危なかったの。工務店で余ったコンクリを持ってきて、毎日いっぺんにやるんじゃないんだよ。ちびちびちびちび余ったの一輪車でさ、運んできて」

■飲食店のマスター「歌ったり踊ったりするような感じの人」

 騒音トラブルを起こしたり、近所の道を直したりと、身を隠している様子はなかったという男。自宅から1キロほど離れた繁華街でも、その姿はたびたび目撃されていました。

 桐島容疑者とみられる男は、この飲食店に通っていたといいます。注文する際は毎回、ビールを頼んで、おいしそうに飲んでいたということです。

飲食店のマスター
「(Q.内田という名前は知っていた?)うっちーという通り名で、みんな呼んでましたんで。そういう認識ですね。一番うちの店が自宅に近かったんだと思うんですけれども、そういうところで最後に来て、ビール2、3杯を飲んで帰るとか、1杯だけで帰ることも多かったですし。歌ったり踊ったりとかするような感じの人で。でも周りの人に迷惑かける感じはなかったですね」

 マスターや常連客から「うっちー」と呼ばれていた男は、20年近く前から、この店に通っていたといいます。

飲食店のマスター
「(Q.歌は上手?)いや、歌うまいっていう感覚ではなかったですけど。好きで歌ってるんだろうなという感じですね」

 店内では踊りながらロックを口ずさむなど、陽気な姿を見せることもあったそうです。

飲食店のマスター
「(Q.マスターに相談は?)仕事がつらいとか疲れたとか、普通のことですね。仕事が大変だったねとかいうくらいの話はありました。音楽中心の話で、『カルロス・サンタナのライブは良いよね』とか、そういった感じの会話が多かったですね。大体その1960年代ぐらいにサンタナですとか、エリック・クラプトンが日本でも話題になるようになったんで、その時代の音楽の話が多かったですね」

■元警視庁捜査員「犯行隠すためには相当に用意周到で」 

 1960年代といえば、桐島容疑者は小中学生のころ。多感な時期に桐島容疑者とみられる男は洋楽を聞いて過ごしていたのでしょうか?そのおよそ10年後…。

当時のニュース
「警視庁では12月10日、東京・銀座『大成ビル爆破事件』は東アジア反日武装戦線狼グループの犯行と断定。特別捜査本部を設置した」

 1974年から75年にかけて、世間を震撼させた連続企業爆破事件。三菱重工ビルの爆破では死者8人、重軽傷者380人と爆弾テロ事件としては過去最大の被害を出しました。

元警視庁 捜査員 戸島国雄さん
「ああいう光景は目にしたことがなかった。ガラスのビルが爆風で波うった。ガラスがサラサラ落ちるんです。(被害者の)背中に刺さったり、首切れたり、二次被害が大きかった。地獄絵図、厳しかった」

 こう語るのは、当時、警視庁の鑑識官として複数の現場で捜査にあたった戸島さんです。

 過激派メンバーの一員として桐島容疑者もアジトの床下に穴を掘り、そこで爆弾作りをしていたとされています。

戸島さん
「犯行を隠すためには相当に用意周到で、(証拠を)残さない。指紋の一つでも残っていれば、本人と合わせてすぐ分かった。そういうことは十分知っていて残さない」

 男が桐島容疑者本人なのかDNA型鑑定などが必要で、いまだ特定には至っていません。

 戸島さんは、桐島容疑者が半世紀にもわたって逃亡を続けられたのは、証拠を残さない慎重さがあったからではと分析します。

戸島さん
「本人の意思が固い、昔の仲間と接触していない。怖くて『いま何やっている』と会ってみようとしたら、すぐ捕まる。そういうことも十分に考えての行動だと思う」

■臨床心理士に聞く…自らの素性を明かした理由

 一方で、繁華街で飲み歩くなど、大胆な一面も見せていた桐島容疑者とみられる男。犯罪心理学に詳しい専門家は、こう話します。

臨床心理士 矢幡洋さん
「その辺の大胆さというのは自信の裏返し。自分のだましを警察も見破れないだろうと、自分への高すぎる評価というか、そういうものが裏にあったのでは」

 一度も逮捕されることなく逃亡を続けていた桐島容疑者。

桐島容疑者とみられる男
「自分は桐島聡です。最期は本名で迎えたかった」

 男が桐島容疑者本人であれば、死の間際に、なぜ自らの素性を明かしたのでしょうか?

矢幡さん
「死を前にして、ざんげの気持ちが起こったとか。そう考えると、もっと早く言っているはず。刑を受ける可能性がないと確信できる時点で言ったというのは、世間を驚かせてやろう、自分の名前を残してやろうというような強烈な自己愛、ナルシシズムが理由だと考えた方が合理的」

 戸島さんも悔しさをにじませながら、こう話しました。

戸島さん
「本人の口から、どういうふうに今まで50年間逃げおおせたか。一口に話してもらえば、今後の警視庁の捜査の大きな参考になった。亡くなったということは、非常に寂しい」

(「グッド!モーニング」2024年1月30日放送分より)
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp

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