【福岡伸一の知恵の学校】第2回 動的平衡ライブー科学の最終的な出口は言葉であるー
[音楽] どうも皆さん こんにちは福岡伸一です 本日は寒い中お集まりいただきまして 大変ありがとうございます 前回は内田樹さんとお話しました それからまだ日が経っていませんけれども 皆さんお楽しみいただけましたでしょうか 今日はまず皆さんに自慢したいものがあるんで お見せしたいんですけど いいですか このマークが何か分かりますか? 誰も知らないですか? これは恐竜の歯をかたどっておりまして 国立科学博物館のシンボルマークです 今日は私のファンの方から バレンタインのチョコレートをいただきました しかも国立科学博物館の バレンタインチョコというのはどういうものか いかにも私が喜びそうな 「化石チョコレート」って書いてあるんです こういう風になっておりまして 化石になった すごいでしょう これちょっと回覧しましょう だからと言って こういうものを下さい って言ってるわけじゃございません こういうものがあるというお話でございまして 国立科学博物館は私の小さい頃の 遊び場の1つでございまして 今の上野の国立科学博物館は新館とかできて すごい豪華になってますけれども 私が子供だった昭和40年代は 旧館という方だけがあって いかめしい建物で 虫の標本なんかが いっぱい並べてあって 今みたいなテーマ制みたいな 今は地球の進化の歴史とか 科学の発展みたいな いろんなテーマによって展示がなされていて 博物館というものは キュレーションというものを大事にして 見せる 展示するものにどんどん変わってきております それは1つのミュージアムのあり方 としてはいいんですけれども 実は私は昔の博物館が良かったなと思うのは
とにかく標本がものすごい数 展示してあったわけです ただただ展示してあったわけです ある種 博物学者の少年としてはですね ただ標本が展示してあるっていう方が 好感が持てたなっていう風に 今にして思います それはちょっとした余談で 今や国立科学博物館はこんな風なお土産まで 売ってるっていう風なことでございます 内田樹さんとお話した中で 内田さんはある種 天性のストーリーテラーで 物語を次々と紡ぎ出してくれる人なんですけれど 内田さんとお話したことの1つで 私が言ったのは 何かを語る時に 例えば「動的平衡とは」「DNAとは」 「STAP細胞とは」みたいな「とはモノ」として語ると その時にもう「とは」を語る人は ある種高みから見下ろした形になって物事を語る そうするとその物事に人間の文明や 知恵が到達したプロセスが見えなく なってしまう だからできるだけ「とはモノ」を 語らないようにしたいなというお話をしました それをすぐに新聞に書きました 皆さんお手元にありますか 私それを今持ってくるのを 忘れてしまいましたけれども 朝日新聞にちょっとしたコーナーを頂いておりまして 毎週木曜日の文化欄に「福岡伸一の動的平衡」 というのを書かせていただいております 皆さんの中にも文章を書くことを お仕事にしている方がおられるかもしれませんけども 週間で物を書くというのは実は大変なことでして すぐに締め切りが来てしまいます 何かを書かなきゃいけないっていうことで すぐに私は「あっそうだ 『とは』のことを書こう」と思って 書きました 大体文字数としては 500数十文字ぐらいのコラムなんですけれども 500数十文字の言葉っていうのは なかなか 量としては難しい量なんですね 長くは語れないけれども あまりにも少しでも語れない量で これぐらいの文字の文章を書くというのは 短歌を作ってるみたいな感じなんですね
入れ物があってそこに収めるんじゃなくて 短歌も31文字の 文字を短歌という入れ物があってそこに 収めてるように見えますけれども 実はそうじゃなくて 基本的に削ってるんですね 多めに書いてここは要らない ここはこうしたらいい っていう風に削っているんです この朝日新聞の記事 ちょっと読んでみましょうか 〈「文章がとてもお上手ですね」と言われることがある 自分の文章がうまいかそうでないかは 自分ではよくわからない でもできるだけ伝わるよう 理解されやすいよう心がけていることが1つある なるべく「とはモノ」を使わないようにするということ 「DNAとは」この言い回しで始まる説明が「とはモノ」 多分マスコミの業界用語だ 「とはモノ」で始めた時 語り手はそのことを熟知したものとして 不可避的に上から目線となり 啓蒙的な口調になる ところで私の趣味はスキー 大人になってから始めたので 苦労続き スキー場では インストラクターが華麗なお手本を見せた後 私がヨロヨロ滑っていくと 彼はため息交じりに 「なんでこんな簡単なことが伝わら ないのかな」という顔をする 私は心の中で思う それはあなたがどのように上達したのか そのプロセスをすっかり忘れてしまっているからです 科学も同じ「とは」の前にある 述語や概念に人間が到達した プロセスこそが時間軸に沿って 丁寧に語られなければならない DNAの属性を説明するのではなく 細胞の中に見つかった酸性の糸の役割と構造が解かれていく その切実な道のりが後づけられた時初めて 科学は皆のものになる つまり科学の最終的出口は 言葉なのだ〉という文章なんですが これを書くためにはですね 実は朝日新聞の編集部の方と何往復もして ここがおかしいとか あそこが違うとかやり取りしてるんですね 今日もしかしていらっしゃってますか? 今日はいらっしゃってないか
見た目は可愛い方なんですけど 大変鬼編集者の方がいらっしゃってですね 色々文章良くすることに手助けいただいてるんです 例えば どういうところがこだわるかって言うと 真ん中辺に〈彼はため息交じりに 『何でこんなことが伝わらないのかな』という顔をする〉 っていう文章がありますよね これを私が書いた時に 朝日新聞の編集が言うには 「『ため息交じりに』って言った時には 『ため息交じりに語る』とか 『ため息交じりに言う』っていう風に 受けないと日本語としておかしいんで 『ため息交じりの顔をする』って おかしいんじゃないかって言ってきたんですよね でもこれ〈ため息交じりに 「なんでこんなことが伝わらないかな」と彼は言った〉 っていう風に書いたら 事実と違うんですよ インストラクターはさすがにそんなことは言わない ため息交じりに「なんでこんな簡単なことが 伝わらないのかな」という表情をしたんです スキーはゴーグルとかしてるから 表情は分かりにくいんですけれども なんとなくそういう「ああ〜」っていう顔をした っていうことなので 言ったわけじゃないんですね だから「いや、これ言ったわけじゃないんですよ」 みたいなやり取りをして 一応こういう風に認めてもらった 実は文章を作るのでも やり取りのプロセスが大事なんですよね 例えばこれで出した後ですね 朝日新聞は700万人の読者がいて その中で 意地悪な読者が 「福岡さん『ため息交じりに』って書いてるけど 日本語としては『言った』って受けないとおかしいから あなたの文章は変じゃないですか って読者が言ってきた時に 「いや、我々もちゃんとそれは検討して その結果として こういう風な文章になってるんです」っていうプロセスが 予め準備されていれば なんでもないわけです という風に 実は何気ない文章にも実はプロセスが含まれているんだよ っていうことを今日はお話したかったなと思うんです 前回 内田さんとお話しした時に 実はひっそり 次の方がいらっしゃってたんですけど
気がついた方おられますか 山口果林さんは 4月のゲストにお呼びする予定にしておりまして なぜ山口果林さんかというと 皆さんもご存知の通り 山口果林さんは大女優なんですが 安部公房さんと非常にパーソナルな関係がありまして そのことを本にも書かれているわけで 私はそれを読んで大変感心してですね 安部公房の小説も好きなんですが 彼の小説を読む上で山口さんの お話もぜひ聞きたいし 彼女の本も素敵なので「知恵の学校」の次のゲストに お呼びしたいなと思ったらですね 山口さんがどんなことをされているのか ちょっと事前に見たいという風におっしゃって 前回 お忍びで来られて あの辺に座ってたんですけれども 皆さんの中でお気づきになった方は いらっしゃったでしょうか その時はお気づきにならなかったかもしれませんけれども 4月にナマ山口さんがいらっしゃいますので ぜひご期待ください その前の3月3日に私の単独講義を 入れさせていただくことになりましたので 皆さん もし差し支えなければぜひお越しください ここに書いた通りですね 私は自分で自分の文章が上手なのかどうか っていうのは自分で 本当のところあんまりよくわからないんです でもなるべく伝わるように書きたいなと いつも願って書いていて その時 自分に禁じていることの一つは 「とはモノ」を出来るだけ使わないこと 使ってしまうこともありますよ でも使わないように心がけるっていうことが まず1つだっていうのは書いた通りなんですけれども 色々振り返ってみるとですね 私がものを書く仕事の中でとても役に立ったなと思うことが もう1つあるんです それは何かと言いますと 私は自分でものを 書くよりもずっと前に翻訳をいくつかしてたんですね 例えば『ヒューマンボディショップ』という本で 私が最初に訳した本なんです ほとんど売れなかった本なんですけれども 「ヒューマンボディ」っていう 「人体」っていう言葉と 「ボディショップ」という言葉がかけてあって
「ヒューマンボディ」は人間の体ですよね 「ボディショップ」っていうのは 化粧品メーカーの名前でもあるんですが アメリカでボディショップって言うと 自動車の部品工場のことを普通は指します その2つが合体してるんで これは 人間の体の様々なパーツ 細胞とか遺伝子とか血液とか組織なんかが まるで自動車の部品工場のように どんどん商品化されていくっていうプロセスを 描いたドキュメンタリーなんですね 今から20年ぐらい前に翻訳されたのですけれども 今まさにこの臓器が発展途上国で売買されていたり 卵子や精子が売り買いされたり あるいは代理母が現れたりっていう風な 現代の生命を操作する時代が 予言されているような ドキュメンタリーなんです 元々私は本が好きだったので 日本でもアメリカでも行ったら 必ず本屋さんを見て歩くんですけれども 面白い本を見つけたわけです それがこの本の原書である 『ヒューマンボディショップ』という本で こんな本があるんだと思って 日本に持って帰って ある出版社の 当時私は京都にいたので 京都にある小さな出版社の化学同人 っていうところの人と知り合いだったので その人に紹介したんですね その時は私は自分で翻訳するなんていうことは 夢にも思っていなかったんです 私は別に翻訳することの訓練を受けたわけでもないし 勉強したわけでもない 確かに英語を読むことはできました 科学者は英語を読んで 新しい情報を得なければいけないし 発信する時も英語で書かなきゃいけないんで 英語の読み書きはある程度は自然と 職業上訓練されるわけなんです でもその英語っていうのは 実はそんなに難しくないんですよ まず述語をちゃんと知っているかということ それから論文で使われる英語っていうのは 基本的に過去形だけなんです 「◯◯ was〜〜」
「◯◯ was done」とかね 過去形の積み重ねで書いていけばいい そこには伏線もないし 修辞と言いますか 飾る言葉もない ただただあったことを というか行った実験を書いて その結論を書いて それがどういうことを示唆しているかっていうことを 書けばいいっていうことなんで 構文的にはすごく簡単 仮定法とか現在完了形みたいなものは あんまり使う必要がないんです ある程度英語が読めるなっていう 自信はあったんですが 原書を読んでも分からない単語はもちろんあります だからそれを(辞書を)引いて読めば 大体文章の流れは分かるんで 英語の本を読むことはそれほど苦痛ではなかった この本を出版社に紹介して こういう面白い本があるので日本語に翻訳して 日本の読者に紹介すれば 非常にいいんじゃないかなっていう風に 出版社の方に教えてあげたわけですね そしたら 「じゃあ福岡さん翻訳してみたらどうですか」 って逆提案されたわけですね 「私は自分で翻訳したことなんかないしそんなの無理ですよ」 って言ったら 「いやでも英語はお読みになれるわけだし 時間は待ちますから やってみたらいかがですか」って言われて じゃあそういう機会を与えていただいたのならば ちょっとやってみようかなと その時は思ったわけですね それは実は大きな誤りで そんな簡単なことじゃない 翻訳っていうのは英語を読んで 書かれてることを理解するっていうのは 翻訳というプロセスの 多分20%ぐらいなんですよ そこから先 それを分かりやすい日本語に置き換える っていうところの道のりがものすごく長い ということに何ページか読み始めて翻訳し始めて まざまざと見せつけられたわけですね 英語を読んで何が書いてあるかが分かる それを日本語に置き換えるためには適切な 日本語を探さなきゃいけない言葉を探して いかなきゃいけないわけですね
言葉を探すっていうプロセスっていうのが とても難しいし大変だし そして翻訳っていうのは ある意味究極の精読ですから 一文足りともおろかにできないわけです そこに書かれていることを日本語に置き換える うまく置き換えられないこともいっぱい あるんですよ その単語として対応する言葉がない っていうことももちろんだし ジョークなんかほとんど訳せないし ダジャレみたいなのを訳せないわけですね だからすごい苦労しながら言葉を探す そういうことがある意味で文章修行になったんじゃないかな っていう風に思うんですね 本当は科学の研究者っていうのは そんな翻訳なんかしてる場合じゃないはずだし 研究をするのに本を書いているような人は アカデミズムの中ではですね ちょっと邪道であるとか白眼視されたりする 傾向も未だにあるんですけれども 多分私は何か自分が研究だけをしている っていうことについて どこか乾きがあったんだと思います だから翻訳をしてみようかな つまり違う言葉で科学を語るっていうことを どこかでやってみようかなってその時に思って こういう本を書いたんです いくつか翻訳をしまして これも地味な本なんですが 科学の中で起きた 様々な事件を扱った本 『七つの科学事件ファイル』ですね これはドーキンスっていう 有名な利己的遺伝子っていうことを言い出した リチャード・ドーキンスという人が書いた大著 『虹の解体』なんですけれども これまた1年以上かかって翻訳しました これも追々お話ししていくことになる と思いますけれども 基本的に私はドーキンスの言ってることは あんまり好きじゃないんですよ ドーキンスのライバルに グールドっていう人がいました グールドさんは『パンダの親指』とか いくつか有名な科学エッセイを書いてるアメリカの人です リチャード・ドーキンスは 利己的遺伝子論 “The Selfish Gene”という
話で華々しく有名になった人で この世に神はいない 全てが進化の 偶然と自然選択によって 成り立ってるっていう 本当に先鋭的なダーウィニストなわけですね 2人はいろんな論争しているわけです 表向きにはドーキンスの説の方が 切れ味がすごく良くて ドーキンスが勝利しているように見えます でもグールドが言ってることっていうのは 完全に否定できないし 大事なこと いっぱい論点を挙げてるわけですね ダーウィニズムだけではうまく説明できないことが 実はあるんじゃないか っていう風なことを言ってて その論争っていうのはすごく興味深い論争なんです でも翻訳をする時にはド—キンスが嫌いだからとか そういうことは言えないわけですね ドーキンスが言ってることを正確に書かなきゃいけない これもとても勉強になりました そうこうしてるうちにこんな本を訳したんですね 『マリス博士の奇想天外な人生』 マリス博士っていうのはですね 科学界唯一の一発屋なんです こんなサーフボードを持ってますけれども 本当にカリフォルニアの海岸で サーフィンばっかりして遊んでいるような 人だったんです 一応勉強はできたので学歴はいいんです カリフォルニア州立大学のバークレー校まで出て 化学の素養もあったんですけれども 一度もアカデミズムに属したこともないし 大学の先生になったこともない ブラブラしながらちょっとお金が必要な時は バイトをしてお金を貯めて あとは海岸でサーフィンしたり薬を吸ったりして遊んでた そういう人なんですねで 日本だったら完全に逮捕ですけど アメリカの60年代 70年代は 一種のそういうヒッピーカルチャーが 全盛でしたから彼もその中に紛れてたわけです マリス博士は 5回結婚したんですよ 結婚離婚を繰り返してその間に付き合った女の人なんか 数知れずだと思いますけれども その何番目の人と何番目の人の間かどうか 分かりませんけれども その彼女とカリフォルニアの森林地帯を
ドライブしてる時に夜空に星が見えて アンタレスっていう赤い星が 光ってそれを見ながら運転してた時 に すごいアイデアが空から彼に 降り注いできたわけです それはアイデアだったかというと DNAを無限に増やすことができる 後に「PCR」という風に 名付けたアイデアが降ってきたんですね 彼は急に車を止めてそのアイデアを 一生懸命書きとめたわけです 横に乗ってた彼女は寝てたんですけど 急に車止まったんで 一体何よ もう早く行きましょうみたいな感じだったんですが 彼はその自分のアイデアを書きとめて そのアイデア一発でですね 科学が変わっちゃったわけです 遺伝子の時代が幕開けしてそれはちょうど 1980年代の初頭だったんですけれども それまでもちろん遺伝子を扱う学問はたくさんあって いろんな人がいろんなことを考えて科学は進んでたんですが このマリス博士が 思いついたアイデア一発で革命が起きて それ以前と以降の科学のあり方 特に遺伝子の分野では丸っきり変わってしまって 現在でもこのマリス博士が 作り出したテクノロジーというのがなければ 遺伝子科学がこんなに進んでないし DNA鑑定とかゲノム計画とか全て もっと遅れてたはずなんです 彼はこのアイデア1個だけ思いついただけなんですよ 論文も多分それにまつわる2、3個しか書いてないんです 時々私はニューヨークに行って ロックフェラー大学というところで 仕事してるんですが そこの先生なんかは生涯に400か500ぐらい 論文を書いているんですよ 大学者だとそれぐらい書いてます 私でもいろんな細かい論文合わせたら 100ぐらい科学論文を書いてます でもマリス博士は2個か3個しかない でもそれ一発でノーベル賞ですよ だから科学のある意味の本質っていうのは もちろん地道な努力っていうのも もちろんあるとは思います でも発見っていうのがその人に訪れるかどうか って本当に運不運みたいなことがあって 本当に運命の女神が微笑めば うまくいくことが稀にあるし でも二度とないわけですね マリス博士はそういう幸運な人だったわけです
そういう風に見てみると 例えばIPS細胞を作り出した山中先生だって 非常に運が良かった ある意味の一発が当たったわけですよね その一発を当てようとして うまくいかなかったのは STAP細胞みたいなことになると思うんです マリス博士のこの本を 私は技術をもちろん 80年代から知ってて こんなすごい技術を作り出したのは 誰だろうなっていうのを いつも疑問に思いながら研究をしてたんですね マリス博士の名前っていうのは 当時科学界でもほとんど知られてなかったんです 一発屋が行った仕事っていうのはよくわからないままに エフ・ホフマン・ラ・ロッシュ というすごい大きな製薬会社が この技術を製品化して大儲けしてて マリス博士の名前はほとんど表に出てこなかったんです でもその技術の特許を巡って すごい法廷論争が起きて そのプロセスの中でマリス博士の名前が出てきて 実はこの技術を最初に作った人は マリスという人物でカリフォルニアの海岸で遊んでいる サーファーだっていう風に マリス博士の名前がちょっとずつ認められていったわけです 結局 最初に井戸を掘った人が マリスだっていうことで 彼がこの技術を作り出してから 10年ほど経った後に マリス博士はノーベル賞をとったんです その時にこれまでに付き合っていたガールフレンドを みんなスウェーデンに連れていったそうです そういうことも全部 この本に書いてあるんですが 私はマリス博士をこの本が出る前から知ってて 面白い人だっていうのを知ってて マリス博士がノーベル賞をとった時に 新聞にはですね こういうタイトルが出たんですよ “Surfer gets Nobel prize” 本当にサーフィンしてる写真が出て この人はLSDとかやってるって公言してたんで 本当はちょっと危ない人でもある そういったことを赤裸々に書いた本がこの本で 本当の原題はもうちょっとかっこよくて
“Dancing Naked in the Mind Field” 「心の荒野を裸で踊る」 っていうタイトルなんですね でも早川書房が「それでは売れませんから」と言って こういうベタなタイトルになってしまったんですが マリス博士が 自分の人生を振り返った本を書いたということで 私はこれは面白いなと思ってですね すぐにこの本を日本で 翻訳したらいいだろうなと思って マリス博士とはちょっと交流があったので この本を日本で翻訳する権利とかどうなってるんですか って聞いたら「もう早川書房っていうところが買いに来ました」と言って教えてくれたので 早川書房に言ったらですね 「確かにマリス博士の本の版権を 買ったんですけれども まだ翻訳する話は煮詰まってなくて しかも英文がめちゃくちゃなので なかなか翻訳しにくいんです」 「じゃあぜひ私にやらせてください」って言って このマリス博士の本を翻訳してですね 科学界唯一の一発屋が どうやってノーベル賞にたどり着いたのか その半生が色々書いてあるんです でもかなりトンデモ本で 宇宙人がいるかもしれないとかですね LSD体験とか エイズの原因は エイズウイルスではないかもしれないとか 色々あのやばいことも たくさん書いているんです マリス博士が面白いことを言っていて 「ノーベル賞をとるといいことが1つあると 世界中のどんな扉でも開くようになる」 「ノーベル賞をとると 少なくとも1回だけは」って言うんですよ だからマリス博士は1回は扉はどこでも開くんですが もう2度と開かなくなってしまう そういうタイプの人なんですね この本を私は早川から翻訳して出したんですが それが多分西暦2000年の前後でした 当時私は京都大学で地道に研究をしつつ こういう翻訳もしてたんですが この本も面白いと言えば面白いけど そんなにたくさん売れる本では なかったはずなんですけれども
この本を読んでた人がいるんですね それが皆さんが今ここにいる(会場)ビルの上に トド・プレスと木楽舎っていう出版社がありまして 『ソトコト』っていう雑誌を出してるところで そもそも「知恵の学校」も そこが胴元になって行われているんですが 『ソトコト』っていう環境雑誌を創刊した人は 小黒一三さんっていう編集者で 今日はいませんよね? その人は元々マガジンハウスの『ブルータスっていう 雑誌の創刊メンバーの一人で 非常に名物編集者で アフリカに行ってですね アフリカ特集号を作ったり アマゾンに坂本龍一を連れていったりとか 80年代の『ブルータス』黄金期を作った人だったんですけれども『ブルータス』を辞めて 自分の出版社を作って 彼はアフリカにホテルなんかも作っちゃったんですけれども ある種伝説の編集者の小黒一三さんという人が 「次は環境の雑誌だ」 って言って環境問題なんか全然信じてないにもかかわらず 環境雑誌を作って 『ソトコト』っていう環境雑誌は未だに続いている っていうすごい不死身 不屈の編集者なんですけども その彼がなんとこの本を読んでいたわけですね ある日私のところに 電話がかかってきたんです 「なんかこのマリス博士っていうのは面白そうだから 一度ぜひちょっとお話しませんか」って言って 私も京都にいて もともと私は東京生まれなんですけど 大学から京都に行って 関西でちょっと疲れてたのかもしれない 東京に面白そうな人がいて 電話がかかってきたんで会ってみようと思って きたのが人生の岐路になってしまったんですね 小黒さんに会ったら 非常に豪放磊落な人で 「なんかマリス博士も面白いけど福岡さんも面白いね」 みたいに言われていきなり『ソトコト』いう雑誌で 連載のコーナーをくれたんですよ その辺がまずスゴイことなんですが もう出会い頭でどんどん話を作っちゃう 編集者なんで常に新しい書き手を 発掘しようとしてるわけですよね ダメならどんどん捨てられちゃうんですけれども それで私は自分の文章を 自分で書く 翻訳ではなくて自分で書く っていう場所を与えてもらって そこから
書き手としてだんだんだんだん成長していったので マリス博士の本を出した ということとその本を見てくれて 私に書く場所を与えてくれた 小黒さんという人はですね 言ってみたら私を世に出してくれた恩人なわけです そういうことを繋いでくれたのがマリス博士なんですね 科学に一発は常にあって 運不運というのがあるんですが 実はちょうどマリス博士の本を翻訳してた頃ですね 私も一つ これはひょっとしたら一発当たるかもしれないと思う研究を 京都でしてたんです 皆さんもう忘れてしまったかもしれないですけれども 10年以上前に日本でも話題になった 狂牛病っていう病気がありました 狂牛病っていうのは 元々イギリスに端を発した病気で 牛が ある時フラフラになって おとなしい牛なのに急に突きかかってきたり 柵に体をこすりつけたり ヨロヨロして 挙げ句に自分で立てなくなって 震えて餌もとれなくなって弱って死んでしまう っていう病なんです 脳を調べてみるとなんと脳がスカスカの スポンジみたいにいっぱい穴が開いてしまう っていう恐ろしい病気 そしてその死んだ牛の体の一部をですね 別の動物が食べたらその動物も同じ症状になってしまう っていう伝染性がある 病気なんです この病気は本当に謎に満ちていて 牛が牛を食べるなんてことは絶対ありえないわけです 草食動物なので でも実は現代社会の牛は 今や草なんか食べてないんですよ 特に肉牛なんかは手間暇をかけて 餌も厳選して育てているので 牧草を食べるチャンスもあるんですが 乳牛 ミルクを出す牛はですね 今や草なんか食べてないんです まずお母さん牛は子供を産むと そのお乳はミルクにしなきゃいけないから 搾乳機につけられてどんどん絞られちゃうんです だから子牛はもうすぐに 母子分離されちゃう 生まれて0日に母子が分離されてしまいます 子牛はどうやって育つかっていうと できるだけ早く次の乳牛にしたてあげなきゃいけないので 促成的に太らせて成長させないといけないんで 餌を食べさせられるわけです
悲惨なのは乳牛の雄牛で 乳牛の種なのに 雌は次の乳牛になって 育てあげないといけないので 大切にされるんですけれども 乳牛の雄は商品価値がほとんどないわけです 乳業産業としては じゃあどうなるかって言うと 安い肉になって すぐに消費されてしまうんです だから外食なんかの安い牛の肉っていうのは そういう乳牛の雄のなれの果てなんですよ 雌の赤ちゃん牛は お母さんから離されるので お母さんのミルクを飲まずに別のものを飲まされるんですね 何を飲まされていたかと言うと それは「肉骨粉」というものだったんです 肉骨粉って何かって言うと 原因不明で死んだ羊とか牛とか家畜の死体 それをどう処理するかっていうのは大変な問題で 特にイギリスでは そういった家畜が途中で怪我で死んじゃったり わけの分からない病気で死んじゃったら その死体を集めてくる業者があって 集めてきた死体を バラバラにして 熱をかけてしかも乾燥させてパウダー状にして それを飼料にするっていう レンダリング産業っていうのが一大産業になっていて それが牛の牛や羊の餌にされていたんです だから早く牛を育て上げるために 牛はある種強制的な 共食い状態になってたんですね そういうことをしていたから 狂牛病で死んだ牛の死体 あるいは狂牛病というのは元々は羊の病気だったんです 羊のスクレイピー病 という病気があってそれは羊が異常行動を起こして その羊は脳の中がスポンジになって スカスカになって何者かによって 犯されているんですけれども その羊の死体が牛の飼料になってしまって そしてその羊の病気を食べてしまった牛が 狂牛病になってその狂牛病になった牛がまた餌になる っていう悪循環がどんどんどんどん回って イギリスで1980年代の半ばぐらいから 毎年何万頭もの牛が 狂牛病になってしまうという 大問題が発生したことがあったんです 私はそのことに興味を持って 研究をしていたんですね 食べるとうつるので この病気っていうのは感染症なわけです
病気を大きく分けると うつる病気とうつらない病気に 分けることができる 糖尿病とか高血圧とかうつりませんよね それは個体のその人の体の中の 何らかのシステムエラーによって起こる それとは別にインフルエンザとかエイズとか 肝炎とかは何か病原体がやってきて それが原因で発症するわけです だからうつらない病気には病原体はいないし 接触しても他の人にうつったりはしません でも移る病気はどこかから病原体がやってきて 病原体が乗りうつってくると病気になる ですから狂牛病というのには 必ずその食べたらうつるわけなんで 病原体がいるわけです しかもこの病気っていうのは潜伏期がすごく長くて 食べてもすぐには発症しないんですよ 子牛の時にミルクの代わりに 飲まされた肉骨粉の水溶液に 病原体が含まれていても病気がだんだん牛の体を蝕んで 病原体が脳に移行して 脳がスポンジ状に犯されて 神経細胞が死ぬまでに何年もかかるんです 4年とか5年とか もっと長い場合には10年ぐらいかかる 実際に食べたところから 症状が起きるまでの潜伏期がすごく長い つまり物事の因果関係が すごく長くなってしまうので 救命しきれない 難しい問題があったわけですね 昔はこの病気は何らかのウイルス的なものが 媒介してるんじゃないかということで 皆が一生懸命ウイルスを探していたんです でもなかなかウイルスが見つからなくて 病原体が何なのかよくわからないままに ずっと時間が経ってたんですね それがアメリカのサンフランシスコにある 病院で研究していた スタンリー・プルシナー博士という人が 新説を唱えてきたんですね それはこの病気の病原体はウイルスでもないし バイ菌でもない 寄生虫でもない たんぱく質だけからだけからできた病原体が この病気をもたらしているんだって 彼はまだ病原体が はっきりしないうちに 名前をつけちゃったわけなんです 名付けるっていうことはですね とても大事なことで 「知恵の学校」の大きなテーマも 実は「マップラバーとマップヘイター」っていうことを
この前からお話ししようと思ってたんですが 地図を作るっていうことは結局 この世界の未知のものに 名前をつけていくっていう行為ですよ 名前をつけるとそのものが見えてきて 現れて 何かが起こる だからプルシナー博士は未知の病原体 ウイルスでもない細菌でもない新型の病原体に プリオンっていう名前をつけたんです この名前がですね 非常にインパクトがあって たんぱく質だけから成り立っている病原体で 病原体が体に入ってくると体の中の正常なプリオンたんぱく質が異常なプリオンたんぱく質に 変換されて異常なものが どんどんネズミ算式に増えていく その異常なプリオンたんぱく質を摂取したら また正常な個体の正常なプリオンたんぱく質が 異常型に変わっていくっていう風な方式で この病気が発症するっていう プリオン説っていうものを唱えたわけですね 確かに現象的に見るとその説は 合ってるように見えるんです でも合わないこともたくさんあるんですね だから私はプリオン説っていうのは どこかおかしいんじゃないかなっていう風に考えて プリオン説に対して何らかの反証をしようと 色々研究を進めていたわけなんです プリオン説では説明できないようなこともあるんだけれども プリオン説はそれを説明するために ちょっとずつ変更されながら 更新されていってだんだん世界中の人が プリオン説っていうものを信じるようになり 受け入れるようになってたわけです それに合うデータもたくさん出ていきました 科学が面白いところは ある説が科学的な説として受け入れられている っていうのはどういうことかというと その説によって説明できる現象がたくさんあって その説では説明できない反証が現れるまでは その説は科学的に正しいわけです それは反証可能性って言って 反証できない言明は科学じゃないわけです UFOがいるとか雪男がいるかもしれない っていうのはいるかもしれないけれども 誰もそれが絶対いないっていうことは 言えないわけです 反証できないことは科学的じゃないんですけれども プリオン説はもしプリオン説で説明できない たった1つのデータが出てきたら あるいはプリオン説ではない ウイルスの存在証拠が一つでも出てきたら プリオン説は崩れるわけです でもそういったものが現れない限りにおいては
その仮説は正しいっていう状態が続く これが科学のあり方なわけです だからなんとかこの説を崩そうと思って 私は一生懸命研究をしていたわけなんです でもなかなか崩せない 未だに崩せないんですが そうこうしてるうちにプルシナー博士は ノーベル賞をとっちゃったんです このプリオン説によって 科学界も驚いたんです まだ完全に立証されていないにもかかわらず ノーベル賞が与えられてしまった まるで賞がその説を裏付けてしまったわけですね 裏書きしてしまった 今やプリオン説を疑う人というのはほとんどいない 世界でもごくわずかな 人たちが疑ってるんですが 反証の決め手がないわけですね あんまり勇み足になりすぎると 本当にSTAP細胞みたいな幻想に囚われてしまうんで 一番賢いやり方は どうするかって言うと 私はこのプリオン説っていうものを 完全には受け入れることができません なぜならばプリオン説では 説明できないこういうことがあるからです しかしプリオン説で説明できることが多く この仮説によって合理的に 受け入れられる現象がたくさん続いている間は この説は正しいでしょう ただし本当に正しいかどうかわからない っていう風な懐疑的なスタンスを維持しておく っていうのが一番正しいあり方じゃないかな っていう風に思ったわけですね それで私はこういう本 『プリオン説はほんとうか?』を書きました ある意味では私の敗北宣言なわけです プリオン説に反証することは 今のところできません でもプリオン説が 本当に科学的に正しいかどうかは完全には 立証しきれていないのではないでしょうか という本なんです だからプリオン説が本当に正しい説として 今後科学的な仮説として ずっと生きながらえていくか これから10年 20年 私が生きている間には反証できないかもしれないけれども どこかで新しいことが分かって プリオン説というのが転換するかもしれない その時には福岡さんが言っていた 懐疑論っていうのは正しかったな っていうことが 認められる時は来るかもしれない
来ないかもしれない という風な本なんです マリス博士の本を翻訳したことによって 新しい執筆の機会を得てですね 書き手としての道も 歩み始めたわけなんですけれども マップラバーとマップヘイターっていう対比において 私が何を「知恵の学校」で 皆さんにお伝えしたいかっていうことを 本線にお話を戻しますと 内田樹さんとの対談の時も ちょっとお話したんですけれども これは細胞を顕微鏡で見た時の 映像なんです どれが細胞かと言いますと マリメッコデザインみたいに 見えますけれどもそうじゃなくて これは細胞を大体300倍ぐらいの 倍率で見た図なんです 何も知らない高校生とか 大学に入りたての1年生に 「今顕微鏡で見えてる細胞をスケッチしてください」 って言うと 本当になんか 幼稚園の子供が書いたような絵にしかならないんです それは頭の中に言葉がないからです 理論がないから細胞が見えないんです 細胞というのは これが1ユニットですよ これが1ユニットですよ 細胞膜という薄い膜に 取り囲まれています そして細胞の中には細胞核というものがあってこの顕微鏡では これ以上見えませんがこの中にはDNAというものが折りたまれています そしてミトコンドリア これもこの顕微鏡ではちゃんとは見えないんですが こういうものが散らばっていて それが呼吸をつかさどっています そして黒くつぶつぶに見えてるのは 膵臓っていう臓器の細胞なんで 膵臓の細胞が一番 一生懸命やってる仕事の一つは 消化酵素を作って消化管にどんどん送り出すこと 残りのわずかな仕事は インシュリンというものを作る仕事なんですが 膵臓の細胞のほとんどの細胞は 消化酵素を作る細胞です だから消化酵素を作る細胞は消化酵素を作ってそれを溜める こういう黒い分泌顆粒というものが ぎっしり細胞の中に詰め込まれていて これが外へ放出されると 消化酵素が消化管に送り込まれていくんです
っていうふうに説明すると 名付けると 名前を与えてそのものがこれです という風に指を刺すと 人々の頭の中にそのものが現れてくるわけです こうして一年も勉強してから 「じゃあ細胞を描いてください」って言うと 学生はびっしり細胞を綺麗に描けます 丸い細胞膜で囲まれて 細胞格があってDNAが入っていて これがミトコンドリアだとか 要するにそういう理論的な負荷があると モノが見えてくるわけです これは地図を作るってことですよね この世に地図を作って その地図に地名を入れて 川を引き 国境を書き 都市の名前をつけて 世界がだんだん見えてくる でも本当は実は自然というのは もっと混沌の中にあるわけです そこに地図を書いていく 科学のあり方あるいは人間の知識のあり方も 結局はマップラバー マップを作っていく 地図が好きなんだという方向にしか 進みようがないわけです 私も最初はそういう風に生物学を勉強しながら ここまで来たわけです 今マップはどういう風に作られているかっていうと 細胞の中にあるいろんな小さなの装置っていうのは その装置を作る さらに小さなタンパク質の分子というものから 成り立ってるんです そういったものが今から数百年ぐらい前までは 無限の神秘の中にあって 生命現象をこの中で営んでいたわけですけれども 今やヒトゲノム計画というものが完成して DNAの中に書き込まれていた遺伝暗号が 全て分かった それはつまり全世界地図ができたっていうことですよ そのことによって細胞の中で使われている部品の 全てのものに名前がつけられて 何種類あるか 2万2500種類ぐらいあったんですが その1つ1つのタンパク質に全て名前が つけられてどういう構造をしていて 何をしているだろうかっていうことが明らかに なってきたわけですね ですから地図を書いた後 この細胞が分子生物学者にとってどういう風に見えるか
って言うと実はこういう風に見えるんですね 私たち分子生物学者が 細胞を見た時にこういう風に観えます コンピューターのプリント基盤の上に 小さなパーツが載ってる 部品が載ってる これはLSDで これはコンデンサーで これはCPUでっていう風に 部品1つ1つに名付けられ 機能が付与されてそれが組み合わさっているのが コンピューター機械ですよね まさに細胞を我々はこういう風に今見ているわけです それは全ての地図が明らかになったからですよね でもこの地図が 明らかになっていくプロセスっていうのは やっぱり地図を作っていくっていうことは すごく面白いし楽しいことであったし ワクワクすることでもあったわけなんです 私はこれは第1回目講義のときに お話ししたと思いますけれども 生物学者になる前の私は虫が大好きな昆虫少年で いつも綺麗な蝶々とか カミキリムシみたいなものを追い求めて さまよっていたわけですね 標本を作ったり コレクションを集めたりしたわけです けれども結局それは名付ける っていう行為と同じで 自分でその虫の1つ1つ蝶々の1つ1つを 図鑑や本に出てくる虫と その現物の虫の名前を照合しながら 世界の地図を作っていったわけです 少年時代の私の夢は この地図に乗っていない 未知の島を見つける 未知の都市を見つけたい つまり誰もこれまで知らなかった 蝶々やカミキリムシを捕まえて それに名前をつけてそれを図鑑に記載する っていうのが私の夢だったわけですでも それは結局叶えられずに 国立科学博物館に それこそ新種だと思った虫を 持ち込んだこともあったんですけれども それは全部既知の虫で 本物の新種の虫を見つけるっていう夢は 果たさなかったんですけれども 生物学者になって細胞の森の中に分け入ってみると 当時私が生物学の勉強を始めたのは 1980年代になった頃で まさにマリス博士が新しいテクノロジーを思いついた頃
だったんですけれどもまだ細胞の中の タンパク質部品というのはほんの少ししか 分かってなかったわけです 細胞の森の中に分け入ってみるとそこに存在している パーツというのは まだまだほとんどが未知のものだったわけです ヒトゲノム計画によって全てのものが 網羅的に名前がつけられるようになったのは 2000年代に入ってからですから それまでにまだ20年ぐらいの余地があったわけですね 私たちは細胞の森の中に放たれた 昆虫少年と同じような気持ちになって 新しい遺伝子を一生懸命追い求める そういうワクワク感があったわけです 私はそんなに大発見をなすことは できませんでしたけれども 小発見をいくつかすることができたそれは新しい遺伝子を見つけた新しいタンパク質を 見つけたっていうことなんですけれども タンパク質を見つけるっていうことは 例えてみると 昆虫採集の新しい蝶々を見つける 新しいカミキリムシを見つけるっていうことと原理的には同じなんですが 仕事としてはかなり違うんです 遺伝子やタンパク質というのは目には見えない 顕微鏡で観ても見えないんです もっと小さいので見えないんです だから本当に全てのことが手探りで 調べようがないわけですね ちょっとだけ我々が一体どうどういうことを やってたのかっていうのを お話してみたいんですけれども どういう風にお話するのが 一番いいかな 細胞の中には たくさんのタンパク質が散らばって存在していて あるタンパク質は 滑車みたいな働きをしてるし あるタンパク質は歯車みたいな働きをしてるし あるタンパク質はそれを繋ぐ糸みたいな働きをしてるし 別のタンパク質は Aという物質をBという物質に変換する時の酵素として 働いてるっていう風に それぞれで機能を持って 散らばっているんですが しかもそれが数千種類のタンパク質が 存在しているんですが それはそれぞれ1個ずつあるわけじゃ ないんですよ バーに行くとおつまみで乾きものが出てきますよね その乾きものの中に アーモンドとかカシューナッツとか ピーナッツとか柿の種とか入ってますよね あれがプール一杯分ぐらいあると思ってください
そこに雑多な乾きものが いっぱいあるんです その中から単一の乾き物だけを 集めてこないといけないんです 何かを研究しようとする時には 同じものだけを集めてこないと 研究できないんですよ 例えばインシュリンっていうホルモンがあります インシュリンっていうホルモンは 正確に言うとちょっと違うんですが 紐みたいなもので アミノ酸というものが連結してできています 細胞の中からインシュリンというものを見つけてきて インシュリンの働きとか構造とかを調べようと思ったら 1個だけインシュリンを取り出してくることが 例えできたとしても 1個だけインシュリン取り出してきたんでは 研究できないんですあまりにも少ない量であるし その1個を例えば壊して構造を調べてみようと思ったら もうそれでインシュリンは失われてしまいますから もう研究できないわけです だからインシュリンを研究しようとしたら インシュリンの分子を 何個も何個も集めてこないといけない 同じものを これを書いてると時間がなくなりますから ちょっと しかもここに混じり気があってはいけないんです 他のホルモンが混じっていたら このホルモンの作用で何かが起きてるのか インシュリンの作用で起きてるのかわからないし この構造を調べようと思って 最初の 先頭にあるこのアミノ酸が何であるかっていうのは 最初のアミノ酸を外す 反応を行って最初の1個だけのアミノ酸を取り外してきて それが何であるか 調べたらいいんですけれども もしこのサンプルの中に混じりものがあると ここから違うものが外されてくるわけですよね そうするとこの混じりものの 混じり気の度合にもよりますけれども 今青い数珠玉が1個ずつ外されてきた中に 赤い数珠玉が外されてくると 取り出してきたものは混合物になってしまいます そしたらどっちから何が外れてきたか 分からなくなってしまいます だから何かこういうミクロなものを研究する時には 単一のものをたくさん集めてこないといけないんです それは言ってみたら 今申しましたようにプールの中に ミックスナッツがいっぱい混じり合ってるその中から 今自分が欲しいカシューナッツだけを 取り出してこないといけない でもそれは粒としては見えないんです
だから手探りの作業として まずある種のザルみたいなものを通して ザザザーッと細胞の中にあるつぶつぶを ふるいにかけます そうするとザルの目を通り抜けられる 小さなものは下に落ちる 小さなピーナッツなんかは下に落ちる でもアーモンドとかカシューナッツとか もっと大きいやつは上に残る 今度はもうちょっと網の目の粗いものに それをザザッと通すと 今度はアーモンドとカシューナッツは落ちるけれども それよりも大きいものは落ちないので それは捨てるっていう風な作業を どんどんどんどん繰り返していって でもそれだけだと大きさだけでしか選べないんで もっと電気的な性質なんかを使って より分けていって ある種のもの 単一のものを集めてきます これを「精製」って言うんですけれども ヒトゲノム計画が完成する以前の科学研究っていうのは ほとんどこの精製 どうやって細胞の中から自分が研究したいものの 単一の分子を純粋に集めてくるか そればっかりを集めてくるかっていう風な ザルでこしたり 水で洗ったり 電気的にプラスの 全ての物質っていうのはちょっとずつ電気的な性質が違うんです プラスの電気を帯びてたり マイナスの電気を帯びてたりするんで 水を張った小さなプールの中に プラスの電極と マイナスの電極を入れると マイナスの電気を帯びた物質はプラスの電極の方に マイナスの電気を帯びた物質はプラスの方に プラスの電気を帯びたものは マイナスの方に引きつけられるんで そういった電気的な性質を使ったりして 何段階も何段階も物質をより分けて できるだけ ミックスナッツの中から 単一のカシューナッツだけを集めてくるっていう作業を 朝から晩までやらなきゃいけないわけです 細胞っていうのは生ものですから ナマものはすごい腐りやすいし分解されやすいんです だから我々はその作業を 大きな部屋の中の 4℃に保たれた 冷蔵庫みたいな部屋の中にその細胞も 自分自身も全て冷やされながら作業し 続けないといけないです 寒いから当然スキーウェアみたいなものを着込んで
やるんですけれども 研究者はみんな そんなものを洗ってる暇がないんで 汚れてボロボロになっていて ホームレスみたいな 酸っぱい匂いがしてくるんですよ そういうことも厭わずにですね ずっと精製作業をしながら 物質を単一にしていくっていう作業をしていきました 今日だんだん時間がなくて マリス博士の素敵な発明まで いかなくなっちゃったんですけれど これタンパク質の精製です 私たちはまずタンパク質の精製を一生懸命やって ようやく一つ 単一のカシューナッツだったらカシューナッツだけを集めて 混じり気がほとんどない状態っていうのを 作り上げました カシューナッツの例えはここで終わりにして これはある種のタンパク質だと思ってください そのタンパク質は数珠玉が並んでいるわけですけれども ある特定のタンパク質の数珠玉の並び順は どの分子をとっても同じ順番に並んでいます Aというものが先頭だったら 全てのタンパクA というものが先頭についてます だからまず最初のアミノ酸だけを切り離すと Aが切り離されて出てくるわけです 何が切り離されたかを調べる方法があって まず最初はAが並んでいます じゃあ第2番目に何が並んでるか それはCというものが並んでいました Dというものが並んでました Eというものが並んでいましたっていう風に アミノ酸の並び順をまず見つけるわけです アミノ酸の並び順が見つかると 何が見つかるかって言うと タンパク質の並び順は 実はDNAの並び順に対応してるんです むしろ本当は DNAの並び順が タンパク質のアミノ酸配列に反映されて 部品の1つ1つが決められているんですが DNAのどこに何が書いてあるか全く 分からないんで我々はこのタンパク質をまず精製して そのアミノ酸配列の並び順を決めて それによってこれに対応するDNAの配列を見つけていって このDNAの配列が細胞の中の 細胞の核の中に 折りたたまれている DNAの細い糸のこの配列が どの辺に書いてありますか っていうことを見つけてくるっていう風な
非常に辛気臭い地図を作る作業っていうことを ずっと80年代 90年代にやっていったわけです マリス博士が作り出したDNAを増幅する仕組みっていうのは実は ひとたびあることが分かったら これをバンバン増やしていけるっていう方法だったんです これがマップラバーにとっては ものすごい便利な方法だったんですけれども ちょっと今日は だんだん時間がなくなってしまったので それはまたのお楽しみということで 今日は科学のあり方も まずはマップラバーとして成立し 我々も地図を作るということで 1つずつのいろんなものに名前をつけていったわけですね 結局私のこのお話の大きなゴールはですね マップラバーからマップヘイターへ そして生命のあり方も結局はマップラバーとして 解き明かしたはずの生命のあり方は 実はマップヘイターだった 地図が嫌いな 地図なんかいらなくても成立するものとして 生命現象はあったわけですけれども 一番私が言いたいことはですね 例え生命現象がマップヘイターとしてあっても マップラバーとして突き詰めて マップラバー的なことを 突き詰めた果てでないとそれが マップヘイターとして振舞っているということには気がつかなかったっていうことが言いたいんです それはまた継続的に この私の講義でお話ししながらですね 本にまつわる話なども取り入れて 皆さんと語り合っていきたいと思います 今日はここで終わりにして 質問を受付させていただきます (スタッフ)それではどなたか 質問がある方はいらっしゃいますか (参加者)面白い話をありがとうございました マリス博士の話のところで 車を運転していたら 急にアイデアが降り注いできた というお話があったんですけども 知らないものがいきなり振り注ぐってことはないので 記憶とか元々あったものが 破片とか 断片がその時に繋がって 何か新しいものに 生まれたという解釈をしたと思うんですけれども その時にはもうすでに理論的な負荷が マリス博士の中にあったと その時マリス博士はたまたま車を運転していた時 だったと思うんですけども それ以外にもよくリラックスできる
お風呂に入ってる時とか そういう時になんか急にアイデアが浮かぶとかって いうことも聞いたことがあるんですけども そういった何か新しいものとかが 降り注がれる時って 科学的になんかこういう状態にあると出やすくなる っていうことって 言われていたりするものなんでしょうか? (福岡)マリス博士がどんな風に何を思いついたのかは またの機会にお話してみたいと思うんですが マリス博士が PCR(polymerase chain reaction)ていうのを 思いついて発表した後 全世界の科学者が 思ったことがたった1つだけありました どうしてこんな簡単なことが俺に気がつけなかったのか っていうことなんです マリス博士が思いついたことは 実は新しいことじゃ全くなかったんですよ 0から何かを生み出したわけじゃなくて 既存の3つの要素を組み合わせただけなんです でも誰もその3つのドットが繋がる って思わなかった それを繋げたわけですよね 新しい発見って結局その無関係のものを繋げるか っていうことなわけですよね マリス博士は偶然ある時に それを成し得たわけですけれども 何かが繋がるっていうことは 脳の中で電気が 普段とは違う回路に乗り移って 流れるってことですよね そういうことがいつ起こるのか っていうのは分からないですけれども おそらく何か一生懸命 そのことだけを考えてる時には そこにしか回路に電気が流れないんで 新しいコネクションとか違うドッツが繋がるとか 何かがジャンプするとか そういうことはあんまり起きにくくて 全然違うことをやってる時 あるいは非常にリラックスしてる時 そういう時にある時の記憶と別の時の記憶が繋がる みたいなことが起きるのかもしれないです (参加者)ありがとうございました (スタッフ)それではお時間の関係で もうお一方ぐらい (参加者)福岡先生 今日は大変素晴らしいお話を ありがとうございました 最後に説明していただいた ホワイトボードに書いてある 当時DNA配列が全部分からなかった
時代のことで私の理解だと 当時福岡先生は逆引き的って言ったら言葉が アレかもしれないんですが どういうアミノ酸配列からDNAが構成されているか って調べられたと思うんですが その後にヒトゲノム計画が完了して人間の DNA配列が全部分かりましたといった時に 答え合わせっていうのはされたと思うんですが 福岡先生以外に当時 アミノ酸からか分からないんですが DNA配列を調べていた科学者の方が いっぱいいらしたと思うんですが 実は自分の編み出したDNA配列が 違かったとか合っていたとか そういうエピソード的なものがあれば 教えていただきたいです (福岡)そんなことは いくらでもありました 結局DNAが全部 今分かっちゃっているんで それが全て今データベース 小さなコンピューターに入っているので 今の若者っていうか 若い研究者はこんな風にして科学が進んできたって ほとんど知らないんですよ アミノ酸配列を決めてタンパク質をまず雑多のものから 精製してその1粒1粒を集めて アミノ酸配列の一部を決めて そこからDNAの配列を 推定してそれをDNAの中からつり出してくる みたいなことが行われていた っていう前史を知らないわけですね それはそれでいいんですけれども 我々の時には様々な間違いもたくさんありました 自分が見つけてきた タンパク質が実は違うもんだったとか アミノ酸配列を決めたけれども そのアミノ酸配列から推定されたDNA配列は 実は違っていたとか 一部狂っていたとか そんなことはいくらでもありました そういった 本当に思考錯誤の結果として DNAというものが少しずつ分かっていって その後ゲノム計画っていう ある種の絨毯爆撃的にタンパク質のことは どうでもいいからDNAを全部 端から端まで全て読みそうっていう計画が起きたんですが その時であってもDNAの配列の どこからどこまでがタンパク質のアミノ酸配列を コードしてるかっていうことは やっぱり実際のタンパク質のことが 分からないと対応できないことなんですね
そういう作業が続けられて 今ほぼほぼDNAの配列に どこからどこまでが どのタンパク質のアミノ酸配列だっていうことは 大まかには分かってきていますけれども それでもまだちょっとだけ分からないことも 残っています ただ言えることはDNAの端から端まで全部の配列がとにかく 余すことなく読みされてしまったんで 昆虫図鑑は全てできてしまったってことだから もう新種の虫はいないってことですよ ですから私の人生の中に2つの大きな挫折があって 1つは もう新しい虫はいない 捕まえられないということ それからもう新しいタンパク質を捕まえることもできない っていうことなんですね だから網羅的に何かを明らかにする マップを作るっていうことはそういう風にして 世界に緯度と経度のグリッドを引いて 余すところなくその網にかけてしまう っていうことだったわけです (スタッフ)ありがとうございました まだたくさんいろんなお話が伺えそうで 名残り惜しいですが 一度ここで終了させていただきたいと思います 皆さん 大きな拍手でお見送りください (福岡)今日は少し時間がありますので もっと質問したい方はぜひ (参加者)先ほどの話で 今の若い昆虫好きの子供たちは 将来何を探すことになるんですか まだそういう余地はあるんですか (福岡)もちろん新種はたくさん まだまだいます しかし綺麗なアゲハ蝶とかすごいクワガタムシとかそういう 見栄えがするものの中から新種が 見つかることっていうのはまずはありえないですね でも例えば 熱帯雨林の落葉の下に潜んでいる 小さなノミの一種とかね そういうものの中には まだまだ新種はいると思います ただそんなものが好きな少年少女っていうのは いないと思いますから 最近の子供たちはですね そんなことをせずに やっぱりネットの中の新しいことに 夢中になっているんじゃないでしょうか (参加者)生物学においても そういったものは
まだまだどんどんどんどんあるんでしょうか そこのところはよくわからないので (福岡)全てのパーツ タンパク質というものが遺伝子の どこに書かれているかっていうことが明らかになってしまった 今となってはですね 新しい遺伝子というものは とりあえずもうないわけですね 昔は新しい電子を探してくる DNAの上に書かれていたわけなんで 新しくはないんですが 何がどこに書かれているかっていうことを調べる 大航海時代があったわけですけれども 世界地図ができてしまったわけですよね だから今生物学者は何をしてるかっていうと 新しいものはもう無いので 今あるものの 何と何がどう関係してるかっていう 壮大な関係論の時代に今入ってるわけです この発がん遺伝子のこのルートには何がどう関わってるかみたいなことを 皆一生懸命研究してるんで ある意味では新しい未知の物質を発見してくる 未知の虫を見つけてくるっていう風な意味の 鋭い興奮っていうのはないんですよ 今の生物学の中には 全てが順列組み合わせの中にしか新しい物語が 起きてこないっていうことですよね (スタッフ)一度ここで閉めさせて せていただいて まだ福岡先生はご滞在下さるそうなので 追加の質問であったり 本日の内容で気になることがあった方は ぜひこの後お話させていただければと思います
2016年2月6日に「福岡伸一の知恵の学校」で開催した、福岡伸一による講義、第2回 動的平衡ライブのアーカイブ映像です。
※情報は全て開催当時のものです。
(目次)────────────────────────────
00:00 国立科学博物館の思い出
04:04 「とはモノ」を語らない
07:40 科学の最終的な出口は言葉である
14:45 翻訳するということー違う言葉で科学を語るー
24:01 ドーキンス vs.グールド
26:13 PCRを発明したマリス博士
36:37 作家・福岡伸一を世に送り出した人
40:40 狂牛病の研究
51:57 反証できない言明は科学じゃない
56:08 科学のあり方、人間の知識のあり方
1:03:29 ヒトゲノム計画以前の科学研究
1:22:41 質問コーナー①「科学的にみても、リラックスしているときが良いアイデアが浮かびやすいのか」
1:26:27 質問コーナー②「ヒトゲノム計画が完了したときに、自身の研究が間違っていたとか、合っていたとかいうエピソードがあったら教えてほしい」
1:31:13 質問コーナー③「現代の昆虫好きの子供たちは、将来何を探すことになるのか」
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◎参考図書
『もう牛を食べても安心か』/福岡伸一/文春新書
『プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー』/福岡伸一/ブルーバックス
『ヒューマン・ボディ・ショップ』/A・キンブレル著 福岡伸一訳/化学同人
『七つの科学事件ファイル―科学論争の顛末』/ハリー・コリンズ トレヴァー・ピンチ著、福岡伸一訳/化学同人
『マリス博士の奇想天外な人生』/キャリー・マリス著 福岡伸一訳/ハヤカワ文庫NF
『虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか』/リチャード・ドーキンス著、福岡伸一訳/早川書房
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「世界を解くキーワード、それは動的平衡」
【福岡伸一の知恵の学校】は、読書を通して新しい知識や価値観と出会う楽しさを実感できる、「本」の価値を再発見していく取り組みです。
校長は生物学者の福岡伸一。福岡校長に事前に選んでもらった課題図書を講義の中心として、これまでの読書歴から辿ってきた時間軸を見つめなおします。
「動的平衡ライブ」では、地図を通して世界を見るマップラバーと、地図がなくとも世界を見ることのできるマップヘイターという二つの軸をもとに、福岡校長が本を入り口に生命を「科学」ではなく「物語」として新たに解釈し、科学の専門知識がなくとも、小説を読み進めるように理解が深まる内容となっています。
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1件のコメント
福岡先生の「名づけ」と「言葉と科学」、インスピレーションと論理的思考の対比や関連、無限の可能性と想像力を掻き立てるお話、とても面白かったです。
次回も楽しみにしています。
(迷わずチャンネル登録しました)