【三国志】一番好きな三国志の人物を語りたい「簡雍」の解説【ゆっくり歴史解説】

試験に出る三国士のお時間ですよどうも 解説役の菜園先生です好きなチ川の キャラクターは栗まじどもども東白だぞ 今回の解説は以前出した人物解説動画を ブラッシュアップした改定版をお送りし たいと思いますちなみにその人物は葉実は このチャンネルの投稿主が国士の人物の中 で誰が一番好きかと聞かれたら真っ先に 名前をあげる人物ね知っているかしら葉 うん横山三国市に出てきたっけそんな名前 の人もしかしてマイナーな人物名出して 知識人ぶりたいだけなんじゃいやいや まあまあかぶるのはそこまでにしておき ましょう観葉を簡単に解説すると夕軍の最 さんとも言うべき人であり代表的な跡と いえば駅中攻略戦において夕日側の死者と して優勝に幸福勧告を行い生徒の明け渡し に成行させたという人ですねまた彼の魅力 は何と言ってもその人柄にあり相手が誰で あろうと別に関係なく振る舞いそれでいて 誰に疎まれるという話も特にない誰とでも 友達になれるような寄付を持つ特殊な人 だったと思います今回はそんな官業につい ての解説をていこうと思っていますよ なるほどね友達がいないぼっちの登校主だ からこそこの観葉の生き様に強い憧れを 抱いているってわけね悲しい話だなそんな わけで今回は4つの項目に分割して観葉の 障害と業績を解説していこうと思ってい ますいつもの通り個人的な考察やら視点も 含むのでそのあたりについてはご了承 いただけるとさ幸です動画の最後におさい テストやってるからコメントなどで回答し ていってくれると嬉しいぞというわけで 張り切って解説へレッツラ [音楽] ゴーというわけでまずは最初の項目英雄と 共にの話に移りましょう名葉あ和身は優秀 の軍とされていますねちなみに観葉は元々 聖和官ではなくてこだったのですが優秀の 言葉のなりのせいで紅葉ではなく観葉と 呼ばれていたのだとかそこで観葉はもう ややこしいと感じたのか性を感に変えた みたいですこういうところからも彼の人柄 がなんとなく伝わってきますよねちなみに この優秀卓軍はあの遊の出身地と同じです そうした縁もあって観葉は夕日と古くから 親しく付き合ってたみたいですとすると あのカウや長日よりも夕日との出会いは 早かったのか確かにそう考えるとサイコ さんと言っても問題ない存在なんだろうな カウと長日は遊日が義勇軍を結成した際に 共に参加したという感じなので観葉が最も 古くから夕と進行があったのでしょうね つまり人の上に立つ以前の指を知る存在な

わけですだからこそ遊も気心の知れた官業 をそばに置きやすかったのかもしれません さて時は五間末期当時の天下を収めていた 五間王朝は崩れ落ち後金の乱という天火を 巻き込む大反乱があちこちで勃発します そんな情勢化で一旗上げるべく有尾は義勇 軍を発足し各地で族軍と戦いながらその 部名を徐々に広めていったとされています この戦乱のまっただ中で軍人でもない観葉 が生き延びたっていうのはよくよく考える とすごい話だよな普通は夕から離れそうな もんだが確かに夕はその圧倒的なカリスマ 性がよく語られますが苦しい道のりに耐え られず離れていった人材も多い電よ神軍 女子そう考えるとサイコさんながらそれで も有尾から離れなかった観葉の存在は有尾 にとって極めて重要であったのかもしれ ませんねさてこうしてルローを続ける竜尾 軍は歴戦の部隊として各地で防を高めて いきますがよって立つことのできる地を得 られませんでしたこれはやはり有備軍が 身分の低いもたちを中心に結束していた ためで地元の有力者や名門出身者と協力 関係を結べなかったことにあります強固に 結束しているからこそ目線の違う人々を 寄せてつけなかったとま乱世に限らずこれ は常に人間関係の難しいところだよな そんな中で遊は軽水の地に流れ着きます 天下の情勢は乱世の勧誘である早々が下北 の王者炎症を下したというところで有備は そんな早々に挑みつつも勝利を得ることが できず軽種を納める軍有標を頼ることに なったという経緯があります早々が下北の 閉廷に目を向けている間夕日はその回収で 客証として仮そめの平穏を過ごすことに なりますしかしその平穏はあくまで仮り そめ長くは続かないことを知っていた遊日 はこの軽種に根を張ることで早々に対抗 しようと考え積極的に地元有力者の 受け入れに動きますその象徴が3個の霊だ よな軽の若き名詞処活量おの待遇で迎える ことで政権の基盤を整えようとしたって いうそれじゃあ次は有尾の側近の項目へと 話を移していきましょう軽種にてようやく 政権基盤の確率に動き始めた有備陣営な わけですが観葉はこの時十字中老に就任し たとされていますまた観葉と同じく美力 孫権も同様の地位についたとされています ね 美力も孫権も有尾に近しい存在の官僚で あり美力は妹を有尾に嫁がせた女手の資産 家であり有備を全力で援助していた人物 ですそして孫権は東大随一の受学者低減の 門家星とされ遊日が各地で公明な受学者と 交流できたのは彼の影響が大きかったのだ

とかなるほど隕石関係活公演者でもある 美力有備の人脈を支える尊敬観葉はその 2人の側近と同等の地位につくことになっ たわけかサコさんとして特に遊日の信頼を 得ていたということなのでしょうね君主と いう存在にとって信頼できる人間は極めて 貴重ですその点で言えば観葉は最古さんと して夕日と共に全ての苦難薬教を味わって きただけに誰よりも信頼できる相手だった のだと思います大きな権力を握るからこそ 簡単に人を信用することができないし冷酷 な処断も下さないといけないまさに人なら ざる存在でしょうそんな竜尾が君主では なく人間として素直に言葉を買わせる存在 が美力孫権観葉の3人の側近だったのかも しれませんね美力は公演者孫権は受学者と しての側面が強いことを考えると官業が 最も有備にとって友人に近い存在だったの かもねちなみにこの3人は基本的に有備の 話相手もしくは各方面への死者としての 役割を首していたとか孫権は受学者の人脈 を生かし美実は夕日の身内として立場的に 申し分のない死者ですであれば観葉はどの ように立ち回ったのか詳細な話は記録に 残っていませんただ彼の特徴などを鑑みる と人に好かれる人柄を生かしていたと 考えることができると思いますというのも 観葉の人柄に関して彼の電気では傲慢かつ 無頓着のびのびと見事な論をなすという風 に書かれていて口出しな自由人であったの でしょうねなるほどそれは確かにいろんな 人に気に入られそうな感じだな細かいこと を気にしないからこそ相手も気楽になれた のかもね仕組であるはずの夕日の前でも足 を投げ出して肘掛けにもたれかかり基本的 にだらしのない格好をしており処活量など の獣心たちの前でも長椅子を1人で占領し て枕に頭を乗せたまま話をするなど誰に 対しても分け隔てなく気ままな態度を崩さ なかったとされていますもしかするとこれ は個人的な妄想なんですが有尾と観葉の 関係は手中ではなく対等な昔馴染みの友人 だったのかもしれませんねだからこそ観葉 は有に気を使わず有も完用を起こることは なく気楽に接することができたそう考える としっくり来るんですよねますます不思議 な人だなこういう人をそばに置くことが できたそして自由でいることを許したこれ が竜尾の本当の魅力なのかもさてその後の 話をしましょう活量を陣営にに招くことに 成功して軽種の人種を集め政権基盤の確率 に動き始めた遊日でしたが早々がここで ようやく下北を平定し天下統一に大手を かけますそして早々はついに残る的勢力を 平らげるべく男性を開始しましたこうして

起きたのが石壁の戦いですね竜尾は軽種で 早々陣営に反感を抱く人種を集めて抵抗し さらに要の孫権陣営と同盟を締結有尾と 孫権の連合軍は圧倒的劣勢ながらも早々軍 の撃退に成功しようやく竜尾は京南4軍を 基盤として確保することができましたここ から三国市の予想が固まり始めるわけか その中でも有尾は時代の流れをうまく掴み 天下取への道を進み始めるんだよな孫権 陣営とも改めて同盟関係を結び共に早々に 対抗していくという形になりますまたこの 時に遊日は孫権から工業の地を借り受け 早々陣営と領土を接することになったの ですがそれと同時に西方の駅中への道も 開けますこれが有備陣営にとって非常に 大きかった有備政権の筆頭官僚処活量の 示した天下3の系という天下統一の大戦略 では軽囚と駅中をにすると語られており そのためにも遊は何としてでも液中に半と 拡大をもまないといけなかったゆえにその 道が開けたことは極めて重要だったんです 北の早々とことを構えるにはまだ時期上層 で東の孫権とは同盟を結んでいるだから 西方への半と拡大を目指す必要があった わけ か次は3つ目の項目生徒の攻略えと話を 映していきましょうか駅中への道が開けた その頃夕の元にとある人物がやってきます それが長生という人物で彼は液晶を納める 群雄優勝の側近でしたその長生が秘密裏に 駅中の攻略を進めてきたのですというのも 駅中の群雄優勝はうまく政権を束ねること ができず有力者や豪族からの氾濫がついで いると状況だったんです優勝では襲を束ね られないそう感じた長をはめとした駅中の 有力者たちは軽の結有備を君主に いただこうと考えたのだとか確か勝は元々 軍隊になるはずのない立場だったのに夫に も君として担がれてしまい今度は力量不足 を批判されたんだよなそう考えると かわいそうな人ではあるのですがまあ時代 が時代です成功法で襲の地を攻めるのも 非常に難しい情勢であっただけにこの検索 は竜尾にとって渡りに船だったでしょうね こうして竜尾は優勝に招かれる形で液晶 入りを果たし援軍として振る舞ったわけ です名目は優勝が敵対しているゴト米道の 勢力を打つというもので有勝はそんな尾に 惜しみない援助を与えるという関係を結び ますこの時の優勝の歓迎ぶりはとにかく 派手で100日あまりも艦隊は続いたとさ れていることからスコブル手厚い歓迎を 示したのでしょうねこうしてみると確かに 優勝は純粋すぎるというかこの過酷な時代 に敵していない君主だと言えるかもな悪い

人じゃないんだけどなちなみにこの時優勝 は観葉を痛く気に入ったとされています人 を疑わず乱世に生きるには純粋すぎる性格 をして優勝と誰に対しても自由活正直で 決して聞かざることのない等身台の管用 こうしてみると相性が良かったのかもしれ ないとは思いますよねさて優勝の艦隊を 受けご米道の勢力と向かい合うように陣を 構えた有備軍でしたがここから一向に戦う 気配を見せることはなくいたずらに時間を 費やしますおそらく密かに優勝政権へ工作 を仕掛たり民の悪に務めたり水面下での 手回しを行っていたのでしょう優勝個人と してはあんまりな話だけど遊日は自分を 慕ってくれてる駅中人士の声に応じてる わけだしここに正義も悪もないんだよな そして夕日は突如として軽風の選挙が不 安定であることを理由に全軍を帰還さ せようとしますこればっかりは優勝も 受け入れられずあんまりじゃないかと抗議 そんな中優勝の元で有備の政権ダシュの 工作を受けおっていた長生の思惑が露呈し 両人英の関係は 決裂こうして一気に有備は襲攻めを開始 事前工作による成果なのか優勝政権の有力 者の多くが次々と有備へと願っていった わけです優勝軍はそれでも激しい交戦を 繰り返しますが相手は厳しい乱戦を 渡り歩いてきた遊日ついに優勝はは本拠で ある生徒を法意されました役者が違うって いう感じはすごくあるなそれでも激しく 抵抗を見せているあたり優勝も起業が なかったわけではないんだろうねちなみに この時戦いを優位に進めている有備軍でし たが実は状況的には極めて危ないところに いましたというのも本拠地である九州には 早々軍が迫っており欧州では孫権と早々の 大規模な戦役が発生してて迅速かつ少ない 被害で生徒を攻略する必要がありました しかし生徒は援護であり優勝の元で有備軍 に徹底交戦するという意も盛んで年単位で 守りにくことができる状態であったのだと か有備は軽種から処活量強皮強運といった 主力部隊を呼び寄せるも正直なところ生徒 は力攻めで落とせるような拠点ではない わけですなるほどね 有の本拠地である囚に危険が迫れば有は軍 を引き返さないとならず反転構成を受けて しまう状態にあったわけかそこで動いたの が観葉でした夕日は観葉に幸福韓国の死者 として優勝を説得する任務を与えました ここで観葉は時々に生徒に入り説得を見事 に成功させて無血会場を果たしたわけです ちなみにここで優勝と官僚がを語ったのか は書には記されていませんもしかすると

この話は2人だけのものであったのかも しれませんね人の心を動かすには理外では なく上に訴えるゆえに弁論家ではなく 親しく交流をしてきた観葉が死者に立った 観葉でしかなき会場を成し遂げられなかっ た私は勝手ながらそのように思っています 誰よりも乱のいい場所で生きてながら戦 なき方法で戦を終わらせるなるほどねこれ が観葉という人間のすごみなの かそれじゃあ最後の項目乱世で笑う絵と話 を映していきましょう優勝の幸福によって 指はその半島を一気に液晶にまで拡大させ 天下取に向けて名乗りを上げることになり ますちなみに液晶を平定した後の龍皇交渉 で観葉は承徳将軍に昇進していますね最も 有の愛を受けたのは美力とされていますが 観葉と孫権はそれに継ぐ待遇を受けその 赤地は処活量よりも上位であったとかまあ 政権の中枢に関わることはありませんが有 の貧脚としてそして貴重な話相手として 手厚い待遇を受けたというわけですねこう いった話し相手というかメンタルを支えて くれる存在って孤独になりがちな君という 存在にとって本当に貴重なんだろうなそう ですね霊を上げるとすればご尊権は晩年は 孤独に蝕まれ根深すぎる後継者問題を 引き起こしましたというのも尊権は正面 から意見を言ってくれる長生神獣まで察し て言葉を尽くしてくれる所轄金といったこ の進化を失い孤独になっていたんです最も 強い権力を握っているからこそ誰のことも 信用できない状態ここから疑心暗記が 深まり目を曇らせる君主は少なくありませ んだからこそ心を許せる言葉を素直に 受け取れる相手が君主には必要であり有に とってそれが観葉であったのかもしれませ んね大軍団を滑る立場になったとしても 観葉だけは昔馴染みの関係のままで気楽に 接してくれるまさに心の救いだったんだな 遊日と観葉の関係性を示す面白い逸話も ありますある時有尾は金種霊を観光したと か金種霊は風気をたすという目的以外にも 穀物を原料に酒は作られているため確保 する分の評論を減らさないという意味も あったのですがそれにしても規則が 厳しかったとか酒を作るだけでなく主材用 の道具の所持すら禁止しこれには民衆も 不満を募らせていたとか そこで観葉は竜尾と共に街を歩きながら1 組の男女が歩いているのを見つけあの者 たちは風気を乱しているどうして捕まえ ないんすかと尾に詰め寄ったとされてい ますうん金種令の話だよなどうしてそこで ただ歩いてるだけの男女を捕獲しようと するんだ別に関係ない話なんじゃないのか

そう指も同じような反応をしてなんで そんなこと言うやと聞き返したところ銀行 用の道具を所持しとるやんと返答しますま この道具というのは両者の正規のことを 指し主材用の道具を所持するのもダメなら こっちもダメやろと皮肉を言ったわけです これには1本取られたとばかりに夕も 大笑いし金種霊によって捕獲されてた人々 を釈放したとかこれが官業という人なん です正面切って見すれば反感を買うから ジクを交えて話をするこうすれば誰も不快 になることはなく笑顔で争いを納められ ますがっつり下ネタだけど確かにこれなら 誰も不幸にならないかもすごいな乱世に こういう人がいるというのが奇跡みたいな 話だしかし液中平定後観葉は小徳将軍に 就任するとその後はぱったりと歴史から姿 を消してしまい いつどこでぼしたのかそういったことも 一切書かれることがなく尊厳や美力は電気 にて去したという文言があるだけに ますます不思議なわけですここからは妄想 なのですが竜尾が液晶と軽を滑る大きな 存在になるとここから竜尾は王者として 振る舞わなければいけません観葉のように 近しすぎる存在は王者の風格を損ないか ないもう友人ではいられないそう感じて 密かに身を引いたのかなと夕もそれを 分かっていたから観葉を追わずに給油の 旅立ちを黙って見送ったとなるほどこれは 悲しいドラマって感じがするなちなみに ここから遊日は定軍山の戦いにて宿敵で ある早々を下し貫中軍をダシ天下鳥の道を 怒涛の勢いで進んでいったのですがここで 軽舟を預かる関羽が廃止し上皮も部下に 打たれ指は古くからの仲間を失って孤独に 蝕まれるようになっていきましたそして カウの仇打ちと軽Myの奪還を目指した 医療の戦いでは遊日は本来の軍事主演を 発揮できずに大敗その質に打ちひしがれ間 もなくしてぼしてしまいますもし観葉がい たら竜尾はどうしたか葉がいなくなった からはそう思わずにはいられないわけです やっぱり精神的な支えという存在の大切さ が身に染みてくるな最も長く尾をそばで 支え続けた官業その魅力が分かった気が する [音楽] ぞそれじゃあ今回の動画のおさいテスト これが解ければ試験に三国士が出ても安心 です ね とりあえず楽しんでいただけたならとても 嬉しいです個人的な解釈も結構含んだ解説 になっているので別な意見や詳しい話が

あれば教えてくれると幸いですこんな三国 士の人物戦争文化などを解説して欲しい みたいなリクエストはコメント欄で募集し ているぞよければ是非教てくれると嬉しい なそれじゃあまた次回バイ [音楽] バイ

僕が三国志で一番好きな人物「簡雍」の解説です。
最も戦乱の色濃い場所で生きてきながら、彼の伝記からはそういった戦乱の空気が一切感じられない。そういうところに心を打たれたのです。
友達がほとんど居ないぼっちだからこそ、簡雍により一層強い憧れを抱いてるのかもしれませんなぁ(‘ω’)

🌸 項目

⓪スタート 00:00
① 英雄と共に 02:18
② 劉備の側近 06:05
③ 成都の攻略 11:55
④ 乱世で笑う 17:37

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📚 参考文献一覧
「正史三国志(著:陳寿/ちくま学芸文庫)」
「史記(著:司馬遷/ちくま学芸文庫)」
「三国志(著:横山光輝)」
「三国志地図(販売:東光書店)」
「三国志運命の十二大決戦(著:渡邉善浩)」
「はじめての三国志(著:渡邉善浩)」
「三国志その後の真実(著:渡邉善浩・仙石知子)」
「漢帝国─400年の興亡(著:渡邉善浩)」
「地図でスッと頭に入る三国志(監修:渡邉善浩)」
「中国史 上巻(著:冨谷至・森田憲司)」
「もう一つの『三国志』 異民族との戦い(著:坂口和澄)」
「よいこの君主論(著:架神恭介・辰巳一世)」
「教養としての世界史の読み方(著:本村凌二)」
「入門老荘思想(著:湯浅邦弘)」
「ある地方官吏の生涯(著:三宅潔)」
「南北朝時代─五胡十六国から隋の統一まで(著:会田大輔)」
「魏志倭人伝の謎を解く(著:渡邉善浩)」
「馬の世界史(著:本村凌二)」
「武器と防具 中国編(著:篠田耕一)」
「物語 食の文化(著:北岡正三郎)」
「古代中国の24時間(著:柿沼陽平)」
「周縁の三国志 非漢族にとっての三国時代(著:関尾史郎)」
「完訳 華陽国志(訳:中林史郎)」
「宦官 側近政治の構造(著:三田村泰助)

🌎 使用させて使用させていただいた白地図掲載サイト
蒼天:http://3594.wiki.fc2.com/

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【まとめテストの答え】
① 耿
② 麋竺・孫乾
③ 昭徳将軍
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#試験に出る三国志 #三国志

36件のコメント

  1. 簡雍が劉璋を説得するシーンは蒼天航路の中でもかなり好きな話です。成都攻略後の大きくなった組織の中で居場所が無いと簡雍が思った可能性はありそう。禁酒令の逸話も劉璋説得の功績と簡雍の人柄と最古参という立場が生んだ「伝説」のようなもので、実際は劉備相手にそういう話ができる雰囲気では無かったのかもしれませんね。

  2. 出ましたね、簡雍。
    発する言葉に何か嫌味や雑味が少なかったのかな。相手が異民族でも上手くやりそうな人。妙な色眼鏡や偏見が少ない?

    ゲームでは劉封や劉禅といった若い血族(?)の傍に配置させることが多かったです。
    教育係や親代わりのイメージを簡雍に投影して。のびのびと育ててくれそうでw

  3. 「インコウの道具」について

    これ何が駄目なのか、時代背景がわかってないと理解できないでしょう。

    薛綜伝に交州の風俗について報告した中に次の内容があります。

    「男女は自分が気に入った相手を探して夫婦となるのであって、父母もそれを止めることはできません」

    要するに男女が自由恋愛で結婚することは、進んだ道徳をもつ中原の人間にとっては「罪」なのです。

    儒教の価値観では結婚とは両親あるいは仲介人が決めるもので本人の意思は関係ありません。

    恋愛とは結婚した相手と行うもので、結婚前の男女間には存在してはいけないものです。
    (さてこれを烏桓の結婚と比較してどちらが「先進的」でしょうか?)

  4. 劉備や豊臣秀吉なんか、カリスマというのとはちょっと違う言ってみれば「人たらし」の名人とも言うべき人間なんだろうけど、こういう人間は現在にも居るんだろうかね。

    一度お目にかかりたいと思う w

  5. 明けましておめでとう御座います^ ^
    今年も動画を楽しみにしてます(*゚∀゚*)b
    蒼天航路の「近所のおじさん」イメージは、創作かと思っていましたが、解説を聴いて史実準拠と知り、かなりびっくりしました^ ^
    銀英伝のキルヒアイスみたいに、劉備の側にはなくてはならない存在だったんですね(*´꒳`*)

  6. 【同族かどうかを考える】
    雲台二十八将の一人で烏合の衆の語源の人である耿弇は反乱した涿郡太守張豊の討伐の為に涿郡方面に行ってる。あくまで涿郡方面であって涿郡の北東にある広陽郡に入っているのでこれはニアピンですね。まぁ討伐で行っただけだから子孫が土着するなんて事は無さそうだ。
    もし簡雍が耿弇の後裔であれば、正史に記述があるはず。それも無いとなるとこの線は消しかな。

    耿弇の弟の耿国の玄孫の耿紀は吉本の乱で曹操に捕まり三族刑となっている。耿弇も耿紀も扶風茂陵県の人となってるため簡雍(涿郡の人)との関連は無いと見て良さそうです。
    ↑余談ですが、耿紀は何気に馬超と同郷だったりする。
    あと耿弇の弟耿舒の孫の耿姫は清河王劉慶(元皇太子)の王妃です。この劉慶の子が6代皇帝劉祜(安帝)なので耿氏は外戚と言うことになります。
    なお耿姫の兄の耿宝は外戚として大将軍になっている。(大将軍耿宝行太尉事)

    あと同姓と言うだけで韓馥の長史の耿武が同族なのかもしれないが、此方も根拠が無いので希望的観測の域を出ない。

  7. 蒼天航路で劉備が「古顔のお前がいてほんと良かったぜ」ってセリフから本当信頼されていたんですね

  8. 簡雍が仮に劉備陣営に残っていたとしても、荊州益州の派閥争いに巻き込まれて追い出されてたと思う
    記録が無いから分からないが、『劉備の行く末のために自ら身を引いた』という仮説は確かに簡雍らしい身の引き方だと思います

  9. 家臣が諫言として真正面から批判すれば害を受ける可能性があるから主君側に「悟らせる」方向で諫言出来る家臣はなかなか稀有で貴重な存在

  10. 最初の光栄三国志では初期劉備配下に簡雍ではなく孫乾でしたね。
    あの頃の光栄作品は細かい所が出鱈目な所があったなと思いだしましたね。

  11. 20:24 このエピソード、めちゃくちゃ好きww
    簡雍のユーモアのセンス、機転、人柄の良さがいろいろ凝縮されてるようで。

  12. 解説作成お疲れ様です。
    乱世であっても人の心を失わない簡雍の様な人がもっと居たら三国志は静謐な天下を長く続けることができたのかな?と思う時があります。
    とあるゲーム作品では簡雍が無血開城する逸話において、謀略や争いの絶えない益州で不運にも君主になってしまった劉璋の恐怖や悲しみに寄り添い、ユーモアを交えながらの談話には思わず落涙しそうになりました。

  13. 簡雍と劉備は少年時代からの旧交で、劉備と付き合う時間は関張よりも早いことはほぼ間違いない。184年の第一次黄巾の乱の時はすでに劉備に追随していたが、早年は遊説家、幕僚などの活動に従事していた。
    彼の最も有名な功績は、
    1.武将の数が深刻に欠けていた『三国志』ゲームの初期シナリオで、劉備軍の存在感が異常に際立っていたモブ役として、184年のシナリオから230年前後まで劉備勢力に追随してきたことだ。彼という人物は何の役にも立たないが、非常に貴重なモブである
     2.馬超が劉備に降伏した後、簡雍は使者として成都城の劉璋に圧力をかけ、劉璋を説得することに成功し、劉璋本人と一緒に車で成都城を離れて劉備に降伏した.
    3.今日の中国四川省簡陽市の古称「簡州」は、彼の姓に由来すると言われている。簡雍は現地で仁政を行い、民衆の信頼を勝ち取ったため、簡州の北東50 kmの外に「頼簡山」があった。簡陽市には地元に「簡雍墓」があったが、1998年に成渝公路が建設された際に平らにされた。

  14. 簡雍の職務「昭徳将軍」は非常に典型的な雑号将軍で、三国時代には2人がこの職務を担当したことがあり、1人は簡雍で、もう1人は曹魏郭皇后の兄、観津侯の郭表だった。これは「加金紫」ことができる将軍職、つまり金印、紫綬を授与することである。
    官職は低いが、非常に高い栄誉性を持っている。なぜなら、他のいくつかの「加金紫」できる官職は:相国+丞相(秦王朝の官制)、太尉、大司空、太傅、太師、太保、前後左右将軍、骠騎将軍(霍去病)。
    漢末期には、「侯爵」は主に県侯、郷侯、亭侯、関内侯の4つの等級に分けられ、郭表の観津候は県候位であり、品位はすべての侯爵の中で最も高かった。
    一時的に兵権を付与し、征伐を行使することができる。しかし、歴史上の2人の「昭徳将軍」の持ち主は、明らかに独立して戦争を指揮したことがない。むしろ政治的地位と栄誉性が際立っている。一つは劉備軍の元老であり、一つは郭皇后の兄である。

  15. アーサー王伝説で言えば、トリスタンの悪友ディナダンとか、宮廷道化師のダゴネットみたいな人ですね。ダゴネットはアントワン・フークア監督の『キング・アーサー』ではなぜか道化師要素を持たないシリアスイケメン戦士でしたが。

  16. 簡雍は確かに魅力的な人物で個人的にも好きで、武力で目立ったところはないと思いますが何故か乱世を生き抜き劉備の側から離れない運を持っていました。
    文官寄りの立場に中でも自由すぎる言動も多いが憎めず、臣下ではなく友人として御伽衆のような存在だったのでしょうね。
    全く関係ない話で申し訳ないが、父親の名前が簡雍の元姓である耿で、あきらと読みました。

  17. 自由人とはある意味孤独な生き方を極めないと出来ない生き方だから。
    周りに縛られた孤独な人間の心に突き刺さる言葉を知っているのかもね。

  18. より高い武力や知力を求められる戦国乱世で「人間的魅力」でもってその名を刻んだ稀有な人物ってイメージ
    しかし、人間は機械やコンピューターみたいな合理性、効率性だけではなく「心」や「精神」の繋がりを力とする傾向が有るって事をまざまざと見せつけた人物でも有る

  19. 劉備との関係を見ていると、組織を乱す元凶になってもおかしくない存在なのにそんな事には全くならなかったのが簡雍の人柄なんでしょうねぇ。

  20. ウチの会社にいるパラグアイ人も日本に来て銀行口座を作る際、「オオニシ」をローマ字で「onishi」と書いたら、「オニシ」にされたけど、面倒だからと日本では「オニシ」で通してるって言ってました。

  21. 記録がないのは死去した可能性が高いですかね
    人柄を考えると最後まで友として付き合うという人物であるからです
    劉備より長生きしていれば、解説にあった様にストッパーの役目や崩御の立会人になっていたことに

    参謀の孫乾がまだなので、こちらもお願いします

  22. 劉備にさえあの態度…よく関羽や張飛にぶん殴られなかったな。まぁ権力欲とか無縁そうな人だし

  23. 三国志の武将でたまに憤死してる人がいた気がします。怒りすぎてそうなるものなんですかね?😅

  24. 劉備陣営の文官たち簡雍、孫乾、靡竺
    コーエイ三国志の影響で戦いには参加しないイメージを勝手に持っていてしまった
    劉備コミュニティには欠かせなかった人材だったんだね…

  25. 「劉備陣営の潤滑油」、これに尽きますね・・・
    劉備と孫権の最大の不幸の一つは「気軽に話せる「心友(簡雍・諸葛瑾・魯粛)」が先にいなくなった」であり、曹操の最大の幸運の一つは「心友(夏侯惇)が最後まで常に隣にいた」ですね。
    関羽・張飛も簡雍には素直に心を開いたし。

  26. 漫画作品とかの劉備の人なつっこい陽気なキャラってたぶん本当はこの簡雍のキャラなんでしょうね
    実際の劉備は史書に伝わるところによれば『無口かつ無表情』という完全な綾波キャラですので、たしかにヤク・・・傭兵隊長としての風格はそれで申し分ないですが、物語の主人公としてはやはり主役に多少はしゃべってもらわないと話が転がりませんもんね笑

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