今回は、江戸時代初期「湯女」と呼ばれる職業についてのお話です。
湯女とは銭湯で垢すりや髪すきのサービスを提供した女性のことです。
湯女風呂は、裏のオプションがあったそうです。
入浴を済ませて2階に上がると…
ぜひ、最後までご覧ください。

▼目次
00:00 動画の概要
00:25 湯女のはじまり
03:08 湯女が行っていた裏サービスとは
04:43 遊郭が恐れた湯女風呂
07:45 湯女の終焉と三助の登場
09:38 まとめ

#銭湯 #江戸時代 #歴女になりたい小野妹子

2件のコメント

  1. 江戸の吉原の遊女3000人を筆頭に、岡場所約60カ所で約3000人、夜鷹など4000人と概算して大よそ一万前後の娼婦が江戸にいた。

    夜鷹は蕎麦1杯分で買われた。

    幕府公認の吉原、非公認の岡場所、夜鷹含めると江戸人口の1%が体を売ることで生計を立てていた。

    それと「江戸の人骨から梅毒の痕跡が見つかる割合」と「梅毒患者が骨にまで病状が進行する割合」を基に、江戸の成人の梅毒が感染していた割合を推計されているが、その結果、江戸市中に住む成人人口の約半数が梅毒に罹患していた。

    これは、江戸が男性比率が高く遊女を媒介して梅毒が蔓延していたから。

    毎晩性行為をしていた遊女たちは、ほぼ100%梅毒や淋病に感染していた。

    抗生物質のない時代に治療法はなく、多くの死者を出した。

    最近、また梅毒患者が増えてるそうだけど気をつけてほしいものだね。

  2. 他の歴史系動画よりも判りやすいので登録させて頂きました

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